陛下は庶民の家を訪れる

「お礼って言っちゃなんだけど、うちで飯でも食っていきなよ」


 そうアカネに誘われて、バルドは下町の一角へ。

 狭い路地を何度か通って到着したそこは長屋街。立ち並ぶ長屋の屋根達を艶やかな夕焼けが赤く染めていた。


「帰ったよ、じっちゃん」


 道中アカネから聞いた話では、祖父と二人で暮らしているらしい。

 家もこじんまりとしていたが、二人で暮らすにはちょうどいい広さだった。


「お邪魔します」


 アカネに案内されて中へと入ろうとした時だ。


「ゴホッゴホッ」


 家の奥から苦しそうな咳が聞こえてきた。


「あーじっちゃんってば、無理して起きなくていいって」


 アカネがバタバタと家の奥へと入っていく。

 よく見るとベッドの上には老人が一人。どうやら寝ていた体を起こそうとしているようだが、体は痩せこけ腕もシワだらけ。病人のような体だ。


(ん……?)


 そんな老人と一瞬目が合った。

 弱々しい体ながらその目には力強い光がある。アカネとよく似た目だ、きっと彼女のそれも祖父譲りなのだろう。苦しそうに咳をしながらも、老人は優しい微笑みをバルドに投げかけてくれていた。


(あの者は、確か……)

「ホラ、薬飲んで」


 アカネはベッドの横に置かれていた小瓶を手に取る。

 紙の封を取り除いて蓋を開け、中に入った澄んだ水色のポーションを口元へと運び、ゆっくりと祖父に飲ませていく。


「アカネ……いつも、すまないね……」


 ポーションを飲み終わった老人が、背をさする少女に震えるような声で話す。


「それは言わない約束だって、いつも言ってるだろ?」

「お前も年頃の娘じゃ。他にやりたいこともあるだろうに……」 

「いいからいいから。ほら」


 アカネは祖父の背を優しく支え、ゆっくりとベッドに寝かせていく。


「晩飯できるまでもう少し寝てていいから」


 布団をかけ直すと、老人は静かに笑みを作り、再び眠りへ。

 アカネが玄関の前で立ち尽くすバルドの下へと戻ってくる。


「ゴメンよバルドの旦那。驚かせちまったね」

「病人がいたとは……これでは迷惑だろう、私はすぐ帰るよ」

「大丈夫大丈夫。気にしなくていいから!」

「いやしかし」

「助けてもらった恩も返さないで帰したなんてしたら、ワタシがじっちゃんに怒られちまうよ。さ、上がった上がった」 


 そう言われ、彼女に強引に腕を引っ張られていった。

 

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