陛下、城下を楽しむ

 城の隠し通路は、城下の片隅にある使われていない用水路へと続いていた。

 舞台衣装のような皇帝の服から、庶民的な服装に着替えたバルドは用水路からこっそり姿を現し、路地から通りへ。

 そこで、賑やかな声と活気が彼の耳に飛び込んできた。


「さあさあ、よっといで! 旬の野菜はすぐ売り切れるよ。さあ買った買った!」

「うちの魚は新鮮だ、味と鮮度はどこにも負けないよ!」

「お兄さん、その魚三匹ちょうだいな」

「あいよ、べっぴんさん! おまけにもう一匹つけちまおう」


 商店が立ち並ぶ通りは、大通りほど広くはなく脇道ほど狭くもない城下で標準的な道だ。だがきっぷのいい声がところどこから上がり祭りのような人混みと騒がしさがひしめき合っている。

 そこにいるのは人間だけではない。エルフやドワーフ、各種亜人達も皆が笑顔で暮らしている。


(活気があって、いい風景だ)


 若き皇帝の生まれる少し昔。

 この世界とは違う場所から魔獣が大挙して現れ、この世界に攻め寄せてきた。

 何十年と渡る戦いが続き、国も人も荒れに荒れ、暗い時代だったのをバルドも小さな頃からよく覚えている。


(あの頃を思えば、よくここまで復興できたものだ)

 

 それはちょうど十年前のこと。

 魔獣達との長きに渡る戦いにようやく決着がついたのだ。

 荒れた国と人心をまとめ上げ、自ら前線に立った当時十五に満たなかった少年。

 誰にも扱えなかった六属性の魔法と、帝国の至宝の大剣を駆使し魔物達を打ち払い、人々に光を見せた英雄、それこそが――


「おう、ゴメンよ兄ちゃん!」


 目の前を、一人の男性が駆け抜けて行く。

 皇帝の前を横切るなど言語道断。本来であれば即刻首を切り落とされてもおかしくないが、横切った男性はお咎めを気にする様子もない。

 この場に青年を皇帝と――大戦を終わらせた英雄と知る者は誰もいないのだから。


「ん?」


 その時、なにやら香ばしい香りが若き皇帝の鼻の奥をくすぐった。

 見渡してみれば、すぐ先に串焼きの屋台がある。

 

「らっしゃいらっしゃい。帝国名物の串焼きだよ~」


 赤黒いタレをつけられ、炭で焼かれた肉の串焼きがひっくり返されると、ジュウジュウと音を立て耳と鼻、そしてなにより小腹の空いた腹に響き渡る。


「おうそこの兄ちゃん、どうだい一本。焼きたてだよ!」

「そうだな。では一本いただこうか」

「あいよ!」


 粋で歯切れのいい返事を返し店主が、串焼きを手慣れた様子で用意していく。


(どうやら、気づかれてはいないようだな)


 この城下で長く商売をしていそうなこの店主も、どうやら皇帝の顔までは知らないようだ。目の前にいる人物がまさかアリエスト帝国の皇帝とは気付く様子もない。

 バルド自身お忍びで城下に降りてきているだけに、正体がバレないかとヒヤヒヤする一方で、悪戯を企む子供のようにどこかそのスリルを楽しんでもいた。

 

「お待たせ!」


 威勢のいい声と共に渡された茶色く焼かれた肉の串焼き。香ばしい香り熱だけで口の中に味が広がりそうなほどだ。

 手渡されたバルドはそのままガブリと一口。

 固すぎず柔らかすぎず、噛めば肉汁とほのかなスパイスの香りが口内に広がっていく。なにより立ったままの食事など城内ではそうできることではない。その状況がより一層この串焼きを美味しく感じさせてくれた。


「うむ、これは美味いな。ありがとう」


 そう一言残し立ち去ろうとした時だ。


「おいおい待った待った!」


 屋台の店主が慌ててバルドを呼び止める。


「なんだ、店主?」

「なに言ってんだ兄ちゃん。金だよ、金。ちゃんと払ってくれ」

「なに、金だと……?」

「当たり前だろ」


 気の良さそうな店主の顔が一変、一気に険しくなっていく。


「ん~……お前さん、まさか……」


 正体がバレた!?

 一瞬、バルドに緊張が走る。しかし――


「金がねぇ、なんて言うつもりかぁ?」


 店主の怒りの方向は、バルドの正体よりも御代の方に向いていた。

 今にも殴りかかりそうな態度の店主に、若き皇帝は申し訳なさそうに口を開く。


「ああ、そうだったそうだった。忘れていたよ」


 懐から銅貨を出して渡すと、険悪な店主の態度も落ち着きを取り戻していく。


「おいおい、冗談はよしてくれよ」

「すまんな、自分から金を出すことなんてここしばらくなかったもんで」

「どこのボンボンさんだい。ま、次からは気を付けてくれよな」


 代金を受け取った店主は毎度と、再び歯切れ良く返してきてくれた。

 バルドは屋台からそそくさと離れ、安堵の息を漏らす。


「ふー危ない危ない」

 

 城内での生活が長くて、自ら金を支払うことを、完全に失念していた。

 危うく間抜けな姿をさらすところだった、と苦笑しつつ、お忍びの皇帝は肉の串焼きを片手に再び城下を進んでいく。


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