その20
「何を言ってるんですか柳さん! 中で何か起こってるんじゃないんですか!?」
キッチンからは相変わらず、ドタバタと物音がしている。まるで誰かが争っているかのようだ。だから二郎氏の言うことはもっともなのだが、それでもおれは粘らなければならなかった。
おれが今やるべきなのは、霊能力者の助手役を勤め上げることだ。先生が今キッチンで何をやっているのかさっぱりわからないが、とにかくこの役目を全うしなければならない。
「い、今キッチンに入っては、降霊術の妨げになります! かえって危険です!」
「いやしかし」と渋る二郎氏を「ここは先生にまかせてください!」と勢いで押し切る。その間にもキッチンからは騒がしい音が聞こえてくる。
「結界! 結界は張らんでええんじゃろうか!?」
ミツヨさんが声を上げた。花子さんも「そっ、そうよ、危険なんじゃないんですか!?」とおれを問い詰める。「え~!? 結界張るの!? 見たーい!」とフワフワしているのはもちろんファルコンで、二郎氏は「結界ってなんの話ですか?」と一人だけ情報が足りていない。
「ほれ若いの! 早く結界を張らんか!」
「そうですわ助手のかた!」
「助手さん、結界張って~!」
二郎氏以外、誰もおれの名前を憶えていない……。
それはさておき、ここまで盛り上げたからには、結界を張らねば納得してもらえそうにない。だが、結界の張り方などおれは知らない。当然である。おれはインチキ霊能力者のインチキ助手に過ぎず、結界の張り方なんか教えてもらったことがないのだから……つまり今、おれはアドリブ力を試されているのだ!
「で、では張ります! 皆さん、キッチンから離れてください!」
皆を廊下の方に押しやりながらおれは考えた。結界の張り方。結界結界結界。何も思い浮かばない。くそ、もしもおれが禅士院雨息斎だったなら――こんなことを考えてしまうこと自体だいぶ悔しいが!
「え、えーい! けっ! かい!」
おれは苦し紛れに両腕を前に突き出し、両手で窓ふきでもするかのような動きで空中に五芒星を描くと、「エイヤー!!」と叫びながらキッチンの方向に向かって押し出した。
瞬間、廊下の温度が下がったような気がした。静かだ。消えたい。誰かおれを消してくれ。さもなくば何かリアクションしてくれ。
「きたー! ほんとに結界張ってるんですけど~! うける〜!」
一拍遅れて、春子さんの嬉しそうな声が廊下に響き渡った。ほかの三人はぽかーんとしたままだが、正直これには救われた。
これでもおれは、かつてアクション俳優を目指していた男である。無駄にキレのいい動きができた自信は、正直ある。よかった……ひとりだけでも喜んでくれたので、スベった感がかなり薄れた。ありがとうファルコン。
「あっ、もういいねついてる〜! ていうか拡散はや!」
どこにアップロードしてんだファルコン!!
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