その19

 先生はおれたちをざっと見渡した。

「皆さん、ここから出てください。これから本格的な降霊術を行います」

「は!?」

 突然何を言い出すんだこのひとは――いや、おそらく人払いをしておいて、現場検証をするつもりなのだ。

 ならば協力しなければなるまい、と意気込んだおれの肩を、先生が軽く押した。

「柳も外に出て皆さんについていろ。念の為だ」

「えっ、おれも出るんですか?」

「危険な降霊になる。いざとなったら結界を張れ」

「は? 結界?」

(アドリブでやれ! いいか、中に誰も入れるなよ)

 先生は小声でそう言って、またおれの鳩尾を突いた。何度やられても痛い。

「アガッ、わっ、わかりましたぁ!」

「よし! では皆さん外に!」

 何だかんだで声のでかい奴の主張は強い。先生の迫力に押されて、おれたちはキッチンの外に追い出されてしまった。そこにフラフラしながらも二郎氏が駆けつけた。よくもまぁ来られたものだ。顔がまだ真っ赤である。

「な、何かあったんですか? 騒がしいと思って来てみたら、すごい声が聞こえたんですが……」

「二郎兄ぃ、先生が本気の降霊術するんだって〜! 超見たいんですけど〜!」

「は?」

「祟りじゃ!」

「あの、まずお手伝いさんがですね……」

 目を白黒させている二郎氏に状況を説明しようとするが、いかんせんおれもまだ混乱している。そういえば役者志望だった頃も、少しトチると真っ白になって何もできなくなったものだ。こんな切羽詰まったときに限って、ついつい嫌なことまで思い出してしまう……

 と、その時だった。突然キッチンの閉じたドアの向こうから、何かをひっくり返すような派手な音が聞こえてきたのだ。

(おいおい、ひとりで何やってんだ先生!?)

「きゃっ!」

 花子夫人が口元に手を当てて叫んだ。二郎氏がはっと表情を変え、

「柳さん! 先生は!? 先生はどうされたんですか!」

 とおれを揺さぶった。

「え〜!? ちょっとぉ、ドア開かないんですけど〜!」

 春子さんがキッチンのドアノブをガチャガチャやっている。中から施錠されたのか、それともつっかい棒でもされたのか、とにかくドアが開かないらしい。

「ちょっ、えっ、先生!? どういうこと!?」

 返事はなかった。中からはドタバタという音が続くばかりだ。

「待ってください! 今なにか工具を……」

 二郎氏が駆け出そうとする。

「ちょっ、ちょっちょっと待ってください!」

 おれは慌てて二郎氏を呼び止めた。

 先生はおれに(中に誰も入れるな)と指示したのだ。何をやっているかはさておき、従わなかったらまずいことになる! おれが!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る