その18
一階のキッチンに駆けつけると、お手伝いさんが床に倒れていた。タイルの貼られた床に血が広がっている。
「残念ながらすでに事切れておる」
「ミツヨちゃん、確かめたの?」
「これでも戦中生まれじゃ。若いのとは踏んできた場数が違うわい」
大金持ちの大奥様であるミツヨさんの、意外にハードボイルドな一面が発覚した。
そこに、騒ぎを聞きつけたらしい花子さんと春子さんが、それぞれ別の方向からやってきた。
「佐藤さん!? そんな……どうして……」
「え〜なんで佐藤さん死んでんの〜? 怖いんですけど〜!」
花子さんは顔色が真っ青だが、ファルコンは相変わらずフワフワしていて、さして動揺しているように見えない。まさか彼女が犯人で、実は倫理観の欠如したサイコキラーなんじゃ……と疑い出すとキリがないのでやめた。二郎氏の姿はまだ見えない(先生が酔い潰したからだが)。
しかし、どうしてお手伝いさんが犠牲になったのだろう? 何かおれたちの知らない事情があるのだろうか。
「皆さん! お静かに!」
突如、大きな声がキッチンに響き渡った。
先生だ。花子さんも春子さんもミツヨさんも、そしておれまでもがうっかり気圧されてしまい、辺りはしんと静まり返った。
先生は遺体の側に立ち、目を閉じてじっとしている。おれには先生が何をしているのかわかっている。もちろん霊感をはたらかせているわけではない。ただ耳を澄ませているのだ。
「……よし」
おれのすぐ横で、先生がそう呟いてにやりと笑った。
「先生?」
おれが声をかけると、先生は唇の端でちらっと笑い、小声で(話合わせろ)と言った。それからよく通る声を張り上げ、
「犯人がわかりました!」
と宣言した。
「え!?」
思わず声を上げたおれの脇腹を、先生が(合わせろっつったろ)と囁きながら軽くつついた。
「いやでもしかし、殺されてるのお手伝いさんですしあの、え、なんで?」
「なぜって、彼女の霊に聞いたに決まっているだろう」
先生は自信満々に答えた。
そんなわけがない。この人はインチキなのだ。被害者の霊から犯人を聞くなんて、そんなこと本当にできるはずがない。
「いや、でもマジすか?」
(助手のお前が疑うんじゃない!)
先生は皆から見えないようにおれの鳩尾を突いた。そして、「ヴッ」としか声が出なくなったおれをよそに、高らかに言った。
「本当にわかったに決まっているだろう、柳くん! 私は禅士院雨息斎。正真正銘、本物の霊能力者だからな!」
出た。
今日一番の大嘘が出た。
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