その3
隣の客間に通され、ドアが閉められた次の瞬間、おれは先生にチョークスリーパーをかけられた。格闘技の有段者だけあって、その手並みは無駄に鮮やかだ。
「柳ィ、いちいち話しかけてくるんじゃない! 怪しまれたらどうする」
「あががががが」
先生はおれを解放すると、高そうなソファに腰かけた。殺人事件を目撃した直後だというのに涼しい顔をしている。やっぱり肝が太い。
「で、どうするんですか先生……」
おれは先生の向かいの席に首をさすりながら座った。先生はさっきまでの涼し気な顔はどこへやら、顔をしかめて露骨にイライラし始めた。
「どうもこうも、適当なところに話を落とすしかないだろ。一番いいのは解決してみせることだが」
「ていうか、元々依頼されてた件だって片付いてないのに……」
おれは深いため息をついた。その時ドアがノックされ、「失礼いたします」と言いながら中年女性がコーヒーを運んできた。この屋敷のお手伝いさんである。
「寒くありませんか?」
「大丈夫です。どうもありがとう」
俳優ばりの笑顔で礼を言う先生は、さすがに切り替えが早い。お手伝いさんが出て行くと、その顔から一瞬で笑顔が消えて「ああ、あの件か」と仏頂面に戻り、何事もなかったかのように話が続く。
そもそもおれたちがここにやってきたのは、山中ミツヨ(つまりミツヨちゃん)から依頼を受けたからだ。
先月、山中家の長男である山中一郎氏が、自室の窓から転落、死亡した。一応警察の捜査が入ったようだが、事故ということで決着がついたようだ。それ以来彼の部屋にいると、時々何者かが囁きかけるような声が聞こえるというのである。実はその部屋というのが、先ほど山中太郎氏の遺体が見つかった事件現場でもあるのだった。
怪奇現象が起きる部屋で殺人事件が起きた……なんとも不気味な話だ。自慢じゃないがおれは臆病なので、できれば今すぐ帰りたい。
「あれか」と言いながら、先生はコーヒーカップに口をつけた。「あれはもう大体わかった」
「はい!?」
「まぁ今日中に解決するのはちょっと難しいが……少なくとも、雪が止んでからがいいだろうな」
「えっ、雪が何か関係あるんですか?」
「うん、柳が死ぬかもしれないから」
「俺が!? どういうことですか!?」
先生はもう一口コーヒーを飲んで、「まぁそのうち教えてやる。静かにしろ」と言った。
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