参.王子様抱っこ

 □■

 

 子どもから聞いた情報と、前回探していた場所の内容を確認する。

 俺、山田聡は持ってきていた建物の構造図面を確認しながら悩んでいた。

「建物内すべて探したから、結論はこの建物内に少女は隠れていない事になる」

「……そっか」

 子どもは下を向いて、とても悲しそうな顔をしている。

 俺には慰める事しかできないのだろうか。

 頭を撫でるように空間を撫でていた。

 俺は視る事はできるが、触る事ができない。

 異空間なら、触れられる事もある。


 だが、ここは現実だ。

 子ども一人撫でる事すらままならない。

 子どもを慰めていると、携帯の着信音が聞こえてきた。

 仕事の電話だろうか。

 今だけは聞かなかった事にしようとした。

 だが、着信音は切れては鳴り、切れては鳴りを繰り返し始めたのだ。

「お兄ちゃん、鳴ってるよ??」

 子どもに気を使わせるとは、何という事だ。

 犯人はわかっている。

 俺は携帯を取り、電話に出た。

「はい」

「あああああああああああああああああっぎゃああっ!!」

 文句を言おうと口を開いた途端、奇声が聞こえてきたのだ。

「……うるせえな」

 小さな声でボソッと言い、心を落ち着けて話始めた。

「海藤さん、どうしました⁇もう出会ったんですか⁇」

「あああああああっ追われてるのぉぉぉぉぉっ!!!!また階段ぐるぐるしてるのぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 確か、森山が言うには螺旋らせんのような階段になってどんなに上っても辿り着かなかったと言っていた。

「ちょっ、冷静に。この前と一緒でしょ⁇」

「ちっがうのぉぉぉぉっっっ!!!!ぜんぜぇ、全速力でおっでぎでるぅぅぅぅぅっッッ!!!!」

 段々と何を言っているのかわからなくなってきているが、ピンチのようだ。

 さてどうしたものか。

「はやぐぅぅぅぅっっっ!!!!おぐじょうのドビラをあげてぇぇぇっっっ!!!!!!」

 俺はため息をついた。

 その方法で前も失敗しただろうと。

「あのですね……」

 そこで俺は気が付いた。

 この建物で探していない場所が一ヵ所だけある事を。

 そう、屋上だ。

「海藤さん、とりあえず頑張ってください。電話はこのままで大丈夫です」

 そう言って、電話から耳を離した。

 俺は子どもの方に振り返りにこりと笑った。

「君が探している子、見つかるかもしれない」

 そう言うと、子どもは笑顔になった。

 なぜ今までその事に気付かなかったのだろう。

 たまには役に立つのだと、海藤に心の中で礼を言った。

 そして、ゆっくりと階段を上り始めた。

 屋上の階段は、目と鼻の先だ。

 扉の前に着くと俺はドアノブをひねった。

 だが、扉は開かないのだ。

 普通ならこれで諦めてもいいだろう。

 だが、この建物は老朽化しており、扉も例外ではない。

 俺は気合を入れて扉にタックルをしようと構えた時だった。

 背中にゾッとするような気配を感じたのだ。

 すぐ様振り返り、辺りを見渡す。

 姿は見えないが、念だけはあるようだ。


 どうやら正解のようだ。


 俺は再び扉に振り返りドアノブをひねった。

 その途端、ボロボロの手が俺の腕を掴んできた。

 これは見てはいけない。

 そう感じた俺は、目を閉じて扉にタックルをした。

 一度目ではビクともしなかった扉が、何度もタックルを続けていると少しずつ扉が開いてきた。

 ガンッと言う音と共に、扉は開いた。

 俺は目を開けて、ゆっくりと屋上へ出た。

 どうやら、ここまでは来れないようだ。

 辺りを見渡し、子どもが隠れられそうなところを探した。

 見る限り、そのような場所はない。

 俺はゆっくりと上を見上げた。

 そこには貯水槽があった。

 貯水槽へ行くには、壁に付いている階段を上らなければならない。

 俺はゆっくりと階段を上り、貯水槽の前に辿り着いた。

 そして、貯水槽の裏の小さな溝を覗いた。


「みーつけた」

「あっ!!見つかっちゃった」

 そこには体操座りをした三つ編み頭の少女が隠れていた。

「よーっし!!じゃあ、次は私が鬼をやる番ね!!」

 そう言うと、女の子は溝から出てきて元気よく跳ねていた。

「いや、今日はもう遅いからお家に帰ろう。君の帰りをずっと待ってるよ」

 そう言うと、少女は悩みながらもうんと頷いた。

「また遊ぼうね!!ばいばーい!!」

 そう言うと、少女は飛び降りて階段を下りて行った。

 子どもと出会ったのだろう、賑やかな話し声が聞こえてきた。

 再び、貯水槽の溝を見る。

 そこには体操座りをしている白骨死体があった。

 俺は静かに手を合わせた。


 ■□


「ほんどもぉぉぉぉぉぉっっ!!!!がんべんじでぇぇぇ!!!!」

 私、海藤美乃利は今もなお、階段を全力で走っている。

 後ろからは奇声を上げながら追いかけてくる先生がいる。

「……海藤さん」

 持っていたスマホから声が聞こえてきた。

 やっと山田の準備ができたのだろう。

「はいっ!!はよ!!」

「屋上の扉が見えたら、屋上に出てください」

 先ほどから先の見えない螺旋階段を上っているのだ。

 まだまだ屋上には辿り着けない。

「はっ⁉屋上なんて……」

 そう言うと、突然目の前に屋上の扉が現れたのだ。

「えっ⁉山田、扉を召喚したか⁉」

「……出たら、先生に捕まらないように気をつけながら、再び扉に戻ってきてください。そうしたら、こちらに戻ってこれます」

「りょッッ!!!!」

 勢いよく扉にタックルしてしまったが、ドアノブをしっかりと握って回した。

 すると、扉は勢いよく開いたのだ。

「あいたぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 そう言うと私は直進し、フェンスにぶつかってしまった。

 痛いと顔を撫でていると後ろから笑い声が聞こえてきた。


『モウニゲラレナイワヨ』


 振り返ると、先生は目の前に立っていた。

 やってしまった。


「……先生、どうして私を階段から落としたの⁇」

 私は話をして隙をうかがうが、無理そうだ。

 先生はケタケタと笑い始めた。


『ユルセナイノ。シアワセナヒト、スベテ』


 そう言うと先生はゆっくりと近づいてきた。

 私は後ずさりたいが、フェンスに張り付くしかなかった。


『ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ、ニクイ』


 壊れたラジオのように先生は同じ言葉を繰り返し始めた。

「……先生、知ってる⁇お母さんから聞いたんだけどね」


 あの後、先生が死んだ後に少しだけ後日談があった。

 潔白が証明された先生を信じられなかった元婚約者は、先生の実家に謝りに行ったそうだ。

 謝っても許されるものではないと思うが、それをせずにはいられなかったらしい。

 結局は門前払いだったそうだ。

 その足で先生のお墓の前に行き、自殺したそうだ。


「先生……先生がここでずっと苦しんでいる間、婚約者さんも先生のお墓の前で苦しんでるよ。きっと」

 霊感なんて一ミリもない私が言うので、説得力はない気がする。

 だが、先生の動きを止める事はできたようだ。

「ここで他人をずっと恨んでないで、婚約者のところに行って怒ってやるべきだ、よ!!!!」

 そう言うと私は先生の横をすり抜け、扉の前まで全速力で走った。

 難なく扉に辿り着いた私は振り返ったのだ。

 ポツンと佇む先生の姿がそこにはあった。

「さよなら、先生」

 そう言うと、私は扉をくぐろうとした。

 まさか、足が扉の沓摺くつずりに引っかかるとは夢にも思わなかった。

 私は勢いよく身体が前に出てしまい、階段をダイブする形になった。


 ちょうど現実世界に戻ったのだろう。

 目の前に山田がいたのだ。


 山田と目が合ったのだ。

「やまだぁぁぁぁぁっ!!!!王子様だっこぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 その言葉に反応した山田は、私を避けたのだ。


 紙一重で。


「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 私は豪快に階段を落ちていった。

 薄れゆく意識の中で、山田が私の腕の心配をしている声だけが聞こえていた。

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