病院の呪い

壱.初めてのお泊り

 この病院が今のように盛況になる前、もう何十年前になるだろうか。

 その当時に起きた話だ。

 当時、新人のAさんは優秀な看護師だった。

 元々医者になりたかったが、親に反対されて、医者の道を諦めてしまったそうだ。

 ただ、どうしても医学に携わりたかったAさんは看護師になった。

 独学で学んだ知識を始め、適切な処置に医者顔負けの実力を発揮するAさんはいつも注目の的だった。

 Aさんの運が悪かったのは、この病院にAさんを妬む人が多かった事だ。

 仕事の邪魔や連絡漏れ、業務外の嫌がらせは日常茶飯事で辛い日々に挫けそうになる事もあった。

 そんなAさんを支えていたのは、同じ病院の医師Bだった。

 ある日、決定的な事件が起きた。

 Aさんは医療ミスで患者を殺してしまったのだ。

 その患者は交通事故で搬送されたホームレスだった。

 意識不明の重体で運び込まれたがために、処置を施すしかなかった。

 病院側としては切り捨てたかったが、倫理的な観点で難しかった。

 そのため、生贄として選ばれたのがAさんだった。

 Aさんは用意していた薬液をすり変えられたのに気づかぬまま、点滴してしまったのだ。

 患者は苦しみながら死んでいったと言う。

 彼女は良心の呵責かしゃくさいなまれていた。

 そんな中、Bに結婚を申し込まれ、無理しないでほしいと言われたのが決定打となり、現場を去った。

 時は流れ、可愛い一人娘が五歳になった頃の事だ。

 夫のBからメールで、家に重要な書類を忘れたので届けてほしいと連絡が入った。

 Aさんは重要な書類を探し出し、五年振りに病院へ顔を出した。

 以前と変わらない病院内で夫を探していると、夫の声が聞こえてきた。

 声の先は、医師専用の休憩室だ。

 扉を開けると、そこには夫と女がいた。

 二人は情事の最中だった。

 さらにその女は、Aさんに嫌がらせをしていた主犯格だった。

 Bもその事を知っていた。

 Aさんは怒りに任せて女につかみかかるも、女に硫酸をかけられてしまった。

 悲鳴を上げながら病院を飛び出したAさんは、何も見えない状態で走り続けたそうだ。

 そして、Aさんは赤信号を飛び出してしまい、運悪くトラックに引かれて亡くなったそうだ。

 それからAさんの命日が近づくと、この病棟のあの患者さんが入院してた階に現れて患者さんを探しているそうだ。


「はい!!以上、モリモリの今夜は眠らせナーイトでした」

 そう言って森山もりやま総一郎そういちろう事モリモリは満面の笑みを浮かべた。

「ツッコミどころ満載だけど、一つだけ言いたい」

 なんですかとトボけたことを言うモリモリに、怒りが爆発しそうだった。

「私、今そこに入院してるんですけどぉぉぉっ!!??」

「いぇーい!!ナイスタイミングですねー」

 怒りも虚しく、モリモリはケタケタと笑うだけだった。

 私・海藤かいどう美乃利みのりは小説家だ。

 夢見る素敵な作品を世に排出すべく、日夜頑張っている。

 だが、担当の山田から強制的にホラーを書かされているいたいけな少女……永遠の少女だ。

 最近、ぼちぼちホラー短編を書いているのだが、やはり私には向いていないのだと実感する。

 何を隠そう私はビビリだ。

 怖いものは嫌いだ。

 今の話を聞いただけで、眠れなくなってしまう。

 それなのにホラー小説を書くってどんな拷問なのか。

「いやーでも安心しましたよー。最初聞いたときは峠寸前って言ってましたもんね」

 昨日、山田の副業であろう仕事についていったのだ。

 その際、呪いリターンズと薄情な山田のせいで、私は階段から落ちたのだ。

 どうやって落ちたか分からないが、左足だけ軽い捻挫で済んだのだ。

 ただ、意識不明で運び込まれたのと頭を打っている可能性があるため、今日まで検査入院となったのだ。

 入院なんて生まれて初めてだったので、かなりテンパってしまった。

 そのため、母親に電話したつもりがモリモリに電話をかけてしまい、生死を彷徨さまよったと誇張してしまったのだ。

「その説は本当に申し訳ない……そのくらい言わないと、母親の重い腰が上がらない気がして……ね」

「まぁ、捻挫で済んでよかったです!!退院したら、景気付けにみのみの復活祭をやりましょ!!」

 モリモリの心が広くて良かったと思う。

 だが、年末の飲み会は散々だったので是非とも遠慮したいものだ。

「てか!!元凶の山田が来ないのってどういう訳!?」

「あーそれはですね……」

「あんたたちー!!面会時間はとっくに過ぎてんのよ!!」

 病院中に響くのではないかと思うほどの怒声を上げて、ドンキーコング……いや身体を守る衝撃緩和剤を全身にまとい、ゴリラを連想させそうなゴツめのドンキー看護師がやってきた。

「あー!?本当だ、すみませーん!!今帰りまーす」

 そう言うと、モリモリはテキパキと帰りの準備をし始めた。

 病院だと言うのに、蝋燭ろうそく型のライトやお札など、無駄にホラー完満載のグッズが散りばめられていたのだ。

 ここはお前の家かと言うくらい持ち物を広げていたのだが、跡形もなく片付いたのだ。


「じゃあ、これで失礼します!!お大事に……」

 片付けが終わって笑顔で振り返るモリモリの服を私は鷲掴みしていた。

「えっと……コアラの真似っすか⁇」

「……モリモリ、今日……泊まってもいいんだよ⁇」

 もし、今ここが私の家だったら、ラブロマンスが始まりそうな展開かもしれない。

 だが、ここは病院の病室だ。

 さらに言えば三人部屋なのに、他に入院患者はいないのだ。

 こんな状況で始まるのはラブではない、ホラーだ。

「えーっ、でも面会者って泊まれないんじゃないですか⁇」

「なんとか!!なんとかするから!!お願い!!」

 必死に服を掴み、私はモリモリに哀願していた。

 病室入り口らへんから冷たいドンキー看護師の視線を感じる気がするが、今はそれどころではないのだ。

 モリモリは小さく息を吐くと、何かを決意したように頭をこくりと頷かせた。

 私の切実な願いが届いたのか、モリモリは私の手を包むように掴んだ。

 そして、私の目線くらいに腰を下げて、満面の笑顔を見せてくれた。

「これから合コンなんで、しっつれいしまーす!!おっだいじにぃっ!!」

 その一言を残し、モリモリは全速力でその場を後にした。

「ちょっ、病院内は走るんじゃないわよー!!!!」

 ドンキー看護師が何か叫んでいたが、私の耳には入らなかったようだ。

 ただ、一言だけ。どうしても叫びたかった。

「モリモリのバッッッッッッカヤロー!!!!!!!!!!!!」

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