24.集落の頭首、黒龍ガラ
クラーロの一喝に、その気迫に、龍たちはたじろいだ。
しん――と張り詰めた空気が流れる。
短剣を突きつけられた深緑龍は目を丸くしていた。自分の身に何が起こったのか理解できていないのだ。
クラーロは龍をにらみ続ける。
彼は人知れず戦っていた。徐々に意識をむしばんでいく睡魔と。
深緑龍の身体から転がり落ちてしまいそうになるのを、ぐっとこらえる。
クラーロは心の中で叱咤していた。
クラーロ、貴様の怒りは、体質ごときに屈するほど弱いものなのか――と。
気合いを見せろ――と。
その感情が、クラーロの表情をより鬼気迫るものにする。
深緑龍は動けない。完全に、気迫に飲み込まれていた。
そのとき。
視界にすうっ……と影が差した。
影はクラーロを覆い、仰向けに倒れる深緑龍を覆った。かなりの、広範囲。
クラーロは空を見上げた。
空を遮って、巨大な四枚の翼を持った漆黒の龍が降りてきた。
はばたきひとつごとに、体勢を崩すほどの風圧が襲いかかってくる。
後ろでライナとスチサが震える声でつぶやいた。
「と、頭首……」「ガラ様……」
深緑龍も色を失う。龍が慌てて身を起こしたためにバランスを崩したクラーロは、地面に振り落とされた。肩と背中に鈍い痛み。そのおかげで、意識がはっきりしてくる。
記憶から掘り起こされる情報。
(ガラ……集落の頭首。ここの龍たちを統べる者……)
深緑龍はもはやクラーロを見ていなかった。翼をたたみ、ガラに対して頭を垂れる。集落の龍たちも同様の姿勢を取った。
あれだけ傲慢だった龍たちが、最敬礼をしている。
クラーロは、見上げるように大きな黒龍と対峙した。
体高はゆうに七メートルはある。深緑龍よりも一回り以上、大きい。
地面をつかむ後ろ脚、堂々と誇示された腹部、胸部……すべて、人の目でもわかるほどたくましい。
睥睨する瞳の色は、血のような赤。
とりわけ目に付くのは首回りだった。
漆黒の龍は、大きな首飾りを身につけていたのだ。魔物の骨をつなぎ合わせた、不気味な首飾り。
ガラが一歩、二歩と前に出る。そのたびに首飾りの骨たちは背筋が凍るような乾いた音を鳴らした。
深緑龍がかすれた声で言う。
「我らが頭首ガラ……あなたが直に来られるとは」
深緑龍は動揺していた。口調まで変わっている。龍翼衣が細かく震えている。
そうさせるだけの威圧感が黒龍にはあった。
ただその場に立っているだけなのに、風の匂いや圧が変わったように感じてしまう。
息が詰まる。
ガラはなにも言わない。深緑龍を見下ろしているだけだ。
深緑龍は口の中でなにかをつぶやいていた。おそらく、言い訳しようとしてその言葉が出せないでいるのだろう。
ガラがわずかに身じろぎした。過剰に反応した深緑龍が、自らの身体を変化させる。
ひょろりとやせた男――人化の能力だった。
彼は、はからずも自ら立証してしまったのだ。弱い者は強い者の前に人の姿となって道を空けると。
「ガラ様! お聞きください。これは、これはこの者どもがいきなり我らに襲いかかってきたのです!」
人の姿になったことで口が回るようになったのか、深緑龍が都合のいい説明を始める。
その話を聞いているのかいないのか――。
ガラの赤い瞳が、クラーロの後ろに控えるライナたちに向けられる。
「こやつらごときに騒ぐか」
腹に響く低音。
目を細める。蔑みの視線だった。
「くだらん」
たった一言。切り捨てる一言。
その一言で、クラーロは直感した。
こいつもライナたちをまともに扱うつもりがないのだと。
黒龍の視線がクラーロに刺さる。
クラーロは真正面から見返した。
威圧感をひしひしと感じる。並の人間なら逃げ出してしまうだろう。
だが、クラーロはひるまなかった。
まるで恐怖心が麻痺してしまったかのように、小さな短剣を構える。
なぜそこまでするか。
理由はシンプルだった。
――後ろに、ライナとスチサがいる。
彼女らの顔色は真っ青を通り越し、白くなっていた。
見ていて胸が痛むほど震え、棒立ちになっている。まともに息ができていない。
完全に飲まれてしまっている。心も体も。
クラーロの脳裏には深緑龍の言葉が残っていた。
ライナとスチサに最底辺でいることを強いた龍。
彼女らを縛る龍。
あの二人が集落に戻れないのは、この龍が原因。
隣でフラッカのうなり声が聞こえた。この妹召喚獣は、クラーロと同じ気持ちになっていた。
――引くわけにはいかない。この威圧感に呑まれてたまるか。
(しっかりしやがれ、俺の身体)
クラーロは内心で怒鳴った。
(相手がデカかろうと、体質がキツかろうと、ここで倒れるわけにはいかないだろうが。教え子の名誉と尊厳がかかってるんだ。ここで踏ん張らなきゃ、なんのための教師だ!)
なんとしても引くわけにはいかなかった。
巨大な黒龍と真正面からにらみ合う人間。
いつからか、深緑龍を含めて、その場にいた者たち全員が畏怖をもってガラとクラーロを見るようになっていた。
永遠に続くかと思われた無言の時間。
それが突然、朗らかな老人の笑い声で破られた。
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