23.その腐った性根、叩き直す


 口では歓迎の言葉。

 だが、視線はどこまでも冷めている。

 クラーロは言った。


「とても歓迎されているとは思えないな」

「なに、黙ってついてくればいいだけの話だ。人間」


 人と龍の視線がぶつかる。


 深緑の龍はクラーロから視線を外すと、「おい」と声をかけた。

 ライナとスチサが身体を強ばらせる。

 龍は龍人少女たちに言った。


「俺はこの人間と話がある。貴様らはさっさと消えろ。クズがいつまでも俺たちの視界に入るのは虫唾が走る」


 連れの龍たちも追従して彼女らを罵った。「そうだ。消えろ」「出来損ないが」


 ライナとスチサは言い返さない。いや――言い返せない。

 なにかを訴えようと口を開きかけるが、結局それは声にならない。

 ライナは悔しそうに唇を噛みしめている。

 その様子を、むしろ龍たちは面白がった。さらに煽る。


「ほら、悔しかったら本来の姿を見せて反抗してみろ。もっとも、お前たちのその貧相で薄い翼は、見せたところで恥さらしにしかならないがな」


 クラーロは表情を強ばらせ、彼らの間に割って入った。


「ちょっと待ってくれ。いくらなんでも言い過ぎだ」


 深緑の龍たちが再びクラーロを見る。クラーロは怒りを腹にためながら言った。


「同郷の龍だろう。なぜそこまでひどいことを言える? 彼女らがあんたたちになにかしたか? これじゃあただの侮辱じゃないか」


 暴言の理由を問う間も、クラーロは睡魔に襲われていた。眠気覚ましの葉を乱暴に噛みちぎり、無理矢理意識を保つ。

 クラーロの様子を怪訝そうに見つつ、龍は答える。


「やつらは底辺。そう決まっている。理由はそれだけで十分だ」

「説明になってねぇぞ。納得できるか」

「はあ。まったく、龍のなんたるかを知らぬ人間はこれだから……。龍の衣を持たない哀れな種族だ」


 大げさに嘆息する深緑龍。


「いいか人間。このクズどもの翼は、我らが頭首ガラによって同胞に奉仕するものと決定されたのだ。その上下関係は絶対。こいつらは俺たちと集落のことだけ考えていればよい。なのに、人間の習俗にかぶれ、龍としての誇りを護ろうともしない。むしろ俺たちを不快にするばかりだ」


 連れの龍たちもうなずく。深緑龍はさらに言った。


「ゆえに、俺たちは間違っていない。こいつらはどうあっても、俺たちに逆らえない。逆らってはならない。自由意志を持てるのは強き者のみ。こいつらのように弱き者は、人の姿で道を空けるのだ。それが龍の秩序。覚えておくといい、人間よ」

「なんだよ、それ……」


 クラーロは拳を握った。

 自らの身長よりもずっと高い位置にある龍の目をにらむ。


「じゃあ無知な俺に教えてくれよ。このふたりの役目はなんだ?」

「俺たち高貴な龍のために生き、すべての雑務と無様をその身に負って、俺たちを不快にしないように死んでいくことだ」


 絶句した。

 つまり、彼らが言わんとしていることは――。


(てめえらがいい気でいられるよう、ライナたちを最底辺に置いたってことかよ……! んなの納得できるかクソが!)


 都会の龍よりも百倍たちが悪い。

 歯ぎしりするクラーロの感情を知ってか知らずか、深緑龍は鷹揚に言った。


「まあ、そこのクズどものことはどうでもいい。さあ人間よ、俺とともに来るといい。背中に乗せてやらんこともないぞ。光栄に思え。人間は貴重だからな」


 ライナたちと比べて、明らかに態度が違う。

 クラーロはうつむいた。深く、深く眉間にしわを刻む。


 不信感。

 怒り。

 そして、我が身を引き裂かれるような屈辱感を覚えた。


 扱いの差――。

 たとえ短期間のことであろうと、目をかけた生徒がゴミクズのようになじられて。

 一方の自分は同じ龍から厚遇される。人間だからという、ただそれだけの理由で。


 ふざけるなと思った。


「先生……ごめんなさい」


 ふと、スチサが消え入りそうな声で言った。


「私たち……やっぱりなにもできなくて……」

「そんなこと言うな。俺の方こそ悪かった」


 クラーロは静かに言った。

 まさかここまで集落の龍どもが腐っていたとは。

 彼女たちが「なんとかする」と言っていたのは、この事態を予想していたからなのだ。そのことに思い至らなかったのは自分のミスだとクラーロは考えた。


 クラーロはライナたちを振り返った。


「戻るぞお前ら」

「……!」

「ここはお前たちがいていい場所じゃない」


 ライナとスチサを連れて、集落を出ようとする。

 すると即座に、龍がクラーロたちを囲んだ。


「人間よ」


 どこか楽しむような口調。


「俺の指示に従えないなら、制裁だぞ?」


 ライナとスチサが、口の中で悲鳴を飲み込んだ。

 生徒ふたりの姿を見て、クラーロの中で堪忍袋の緒が切れた。睡魔を吹き飛ばすように、一喝する。


「それが誇り高い龍とやらの物言いか! いい加減にしろ、貴様ら!」


 龍たちは一瞬目を丸くした後、大笑いした。

 最初は心底おかしそうに。

 そして次第に他者を侮蔑する声色へ。


 クラーロは龍たちをにらみ続ける。隣ではフラッカがうなり声を上げている。主の感情に触発された召喚獣は、まったく怯まず龍の前に立ちはだかった。

 深緑龍が鼻を鳴らした。


「ただの人間とできそこないの獣が、俺たちに刃向かうか」


 距離、三メートル。


「面白いな、人間」


 深緑龍が口を開いた。

 口内に炎が渦巻く。

 空気の揺らめきが見える。熱が伝わってくる。

 その状態で口の端を引き上げ、龍が言った。


「さあ、制裁だ」


 ――炎が吐き出される。


 威力を抑えた攻撃――いや、威嚇。クラーロをなぶるための一撃だった。


 炎が身体にまとわりつくまでの、わずかな時間。

 クラーロは魔力の練り上げを終わらせていた。


 ――創成召喚。双牙剣。

 ――強化魔術。反応速度強化。


 迫る炎の渦。

 だがそれは、クラーロの前髪を焼く前に火の粉になって散った。


 揺らめく空気越しに立つクラーロ。

 金と黒の短剣の前に、手加減された炎渦など無力だった。


 絶句する深緑龍。クラーロの怒りの瞳に射貫かれ、思わず、つぶやく。


「な……んだと」


 棒立ちとなった深緑龍の懐に、クラーロは一瞬で踏み込んだ。

 そして下から短剣の柄で、龍の大きな顎を打つ。

 跳ね上がる龍の頭部。

 バランスを崩した龍の巨体が、その場に仰向けに倒れる。


 ガッ……!


 クラーロの靴が、深緑龍の胸元を踏んだ。


 見下ろす人間。

 倒れる龍。


 いまだ状況を理解できないでいる深緑龍に、クラーロは言い放った。


「貴様らの腐った性根、一から叩き直してやろうか!」


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