21.龍人少女たちの異変と教師の矜持
ライナとスチサの口数が、極端に少なくなった。道なき道をただ黙々と歩いて行く。時折見える彼女らの横顔は、虚無そのものだった。
『諦観』の顔、だった。
龍人少女たちとクラーロとの間は、六歩。
クラーロが取り残されないよう、彼女らは何度も振り返って確認してくる。はぐれないか心配している――というわけではないと感じた。
まるで「私たちに黙って消えないで欲しい」と訴えているような――。
クラーロはたまらず声をかけた。
「おい……もし集落に戻るのが辛いなら、無理しなくてもいいぞ。昨日の拠点で待っていてくれ。集落へは俺だけでも」
「いいえ」
虚無に染まっていたスチサの顔に、一時、生気が戻る。
「大丈夫です。むしろ先生と一緒の方が、私たちも勇気が出ます」
クラーロは眉を下げながらライナを見る。
赤髪の龍人少女は無言だったが、同じ気持ちのようだった。
集落に戻るのに勇気を振り絞らなければならないとは。
ますます、放っておけない。
同時に。
ライナとスチサにこのような顔をさせる奴らに、クラーロは静かな苛立ち、反感を抱き始めていた。
このまま集落の龍たちと顔を合わせて、冷静に話ができるか。自信はない。
――歩みだけは進んでいく。
現在、標高はおよそ九百メートル。
龍人少女たちの案内があるとはいえ、周囲を警戒しながら歩いていると息が切れてくる。
顎先の汗をクラーロはぬぐった。
(一日休んで、むしろ正解だったかもしれん)
クラーロは、拠点を残したままにしておいた。テントだけ異空間に撤収し、かまど等はそのままだ。
拠点には、ライナが耕した畑もある。
落ち着いたらまた戻ってくるつもりだった。まだまだピヨ龍たちには教え足りない。
「わふっ!」
後ろを歩くフラッカが吠えた。素早く反応し、その場にかがむクラーロ。
直後に地形変動がやってくる。
どうやら、拠点近くの魔力岩では、この場所までカバーできないようだ。エンドレスすべてを鎮めるにはいったいいくつの魔力岩を活性化させる必要があるのか、想像もできない。
もしエンドレスが、かつて本物の旧跡ダンジョンだったとしたら――これだけの仕掛けが施されるほど難易度の高い迷宮だったのではないか。
「……って、おい! お前ら!」
クラーロは叫んだ。
地形変動の最中だというのに、龍人少女たちがフラフラと歩き続けていたからだ。
ぼーっとして心ここにあらずな様子だった。
フラッカが走る。唸りながら龍翼衣に噛みついて引き留める。それでようやくライナたちも状況を把握したようだ。
(これは、あいつが滑落したのもうなずけるな……)
明らかに、集落が近づくにつれ様子がおかしくなっている。
(いったい、集落のなにがこいつらをここまで追い詰めてしまったのか……『保護者面談』だな、これは)
クラーロに、龍と面談した経験はほとんどない。
しかしだからと言って、この状況を見て見ぬふりはできない。
生徒たちのためなら、たとえ不利不慣れな条件の中でもやり遂げるのが教師だ。
(少なくとも、ルサイアさんならそうする。俺は、あの人の背中を見てきたんだ)
クラーロは知らず知らずのうちに、教師としての矜持を身につけつつあった。
――地形変動が収まり、再び歩き出す。
もう何度も人の足で歩いているのだろう。二人の龍人少女の歩みに淀みはなく、道なき道をクラーロにも歩きやすいルートで進む。
やがて、ごつごつしたガレ場――大小、無数の岩が転がる難所にさしかかる。
「ここを越えれば『
「咬沃?」
「我らの集落の名だ」
ひどく仰々しい名だ。人間たちならまず付けない地名。
(意地でも人の社会には染まらないという矜持を感じるな。咬沃、か)
スチサは汗一つかいていないが、顔色が青白い。
肉体の疲労ではない。精神的なものだ。
彼女らの気分転換になればと、できるだけ軽い口調で言った。
「それにしてもすごいなお前らは。ここまでスイスイ来た。集落の位置を把握するのに、なにかコツでもあるのか?」
地形変化が日常化しているエンドレスだ。ここに来る途中も何度か地形変動の影響と思われる荒れた場所を見た。このように目印がころころ変わっては、いくら地元の龍人と言えど苦労するだろう。
ライナが前を向いたまま言った。
「……感じるんだ。強い……我らを縛る力を」
クラーロは眉をひそめた。
いつもは説明してくれるスチサも、今回はなにも言わない。
いや、よく耳をすませば――うわごとのように小さくつぶやいている。
「先生なら、きっと大丈夫。すごく強いから、私たちのようにはならない。大丈夫……」
どういう意味かとクラーロが尋ねる前に、スチサは歩幅を広げてスピードを上げた。
――スチサは『先生だから大丈夫』とつぶやいていた。
おそらく本心だろう。
――だが出発前は『私たちがなんとかする』と言っていた。
こちらは、自らを奮い立たせるための強がりだったのだろう。
逃げずに立ち向かう姿勢は立派だ。
だが、心が折れるとわかっていてなおも立ち向かうのは、必ずなにかしらの歪みを生む。
不合格通知の看板を見たときの気持ちを、クラーロは思い出した。彼女らの背中に自らの記憶を重ねる。
彼女らの無理を許すのならば。
(こいつらが前を向くまで、見守ってやらなきゃ駄目だ)
――やがてガレ場を抜けた。その先にある密集林を越える。
ふっ……と視界が開ける。
胸の裏側をこそぐような、重い風が一陣、吹き抜けた。
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