20.次の段階
「実際に見せた方が早いな」
そう言って、手のひらを二人に向ける。視線が集まったところで、魔力を通して短剣を召喚する。
「これが『創成召喚』。無から有を、あるいはある素材から別の素材を生み出す魔術だ。俺はこの短剣を生み出すことしかできないが」
次いで、召喚した短剣を異空間にしまう。突然目の前から消えた短剣に驚く二人。
「これが『ボックス召喚』。別の空間に収納スペースを創り出す魔術だ。性能の個人差が大きくてな。俺はせいぜい、衣装タンス一つ分くらいか。あのテントをしまうとほぼいっぱいだよ」
その分、取り出しやすさ、しまいやすさには自信がある――と付け加える。
「それから次は……フラッカ」
「わふ?」
「この白いモコモコが召喚獣。こんな風に頼りになる相棒を呼んだり、新たに創造する術を『使役召喚』という。見ての通り、召喚獣の性格までは選べないが」
フラッカに睨まれる。
それからクラーロは、空いた両手を再び龍人少女たちに向けた。目を閉じ、集中する。魔力をじっくりと練り上げる。そして、十分に練り上げた魔力を二人に向けて走らせた。
ある程度距離があっても魔術をかけることができるのは、クラーロの長所だ。
ライナとスチサは、自らを薄く覆った輝きを珍しそうに見ていた。
「そしてこれが『強化魔術』。自分や相手の能力を引き上げる魔術だ。応用範囲が広く、術者によって使い方は千差万別だ。俺が得意なのは、他人の身体能力を引き上げる系統かな」
「では、この光は……」
「お前らには耐久力を上げる魔術をかけた。これで多少は打たれ強くなる。もちろん永続じゃねえが」
ライナが拳で自分の頭をゴツゴツと叩く。痛くないことに感動したのか、目をキラキラさせて隣のスチサまで殴ろうとしたので、フラッカが前脚ではたいた。
「以上が、俺が使える魔術の大まかな説明だ」
腰に手を当てる。
「人と龍が使う力はそれぞれ大きく異なる。だが、異なるからこそ、互いに協力し合うことで大きな成果を出してきた。それが人と龍の歴史なんだ」
「……」
黙り込んでしまった龍人少女。絵本から目を離さない。
「人と龍が、互いに協力」
「ずいぶん違うな。頭首たちが言っていたことと」
彼女らのつぶやきはクラーロの耳にも届いていた。
(どうやら、ひどく偏った考え方をしてるようだな、集落の龍たちは。エンドレスという隔絶された環境がなせるワザか)
そんな連中のところへ向かわなければならない。
正直、気の重さはある。
だが、六歩先で絵本を見る龍人少女たちを見ていると、見通しは悪くないと思えた。
彼女らは、人間であるクラーロを頭から否定しなかったのだ。
だとしたら――。
「今日の授業はいったん終わりにする」
クラーロは言った。
「お前たちの集落に案内してくれないか」
龍たちの表情がにわかに固まった。
(こいつらにとって、集落には良い思い出がないのだろうなとは思っていたが)
さっきまで興奮で顔を赤らめていた龍人少女たちは、冷水をかけられたたき火のように表情を消してしまっていた。
だがクラーロも、いつまでもこの場に留まっているわけにはいかない。
まずは集落にたどり着くこと。それもルサイアから課せられた課題のひとつなのだ。
「もう少し、ここにいましょうよ先生。ね?」
スチサがなだめるように言う。クラーロは首を横に振った。静かな目で、銀髪少女を見つめる。
「お前たちは本当に、最底辺なのか?」
「それは、どういう意味でしょう……?」
「正直に言って、俺はお前たちの力を過小評価していた。炎の魔法、冷気の魔法。俺が学園で見てきた龍の中でも優秀な部類だと思う。そんな力を持ったヤツらが、ただないがしろにされる理由が俺にはわからん」
スチサもライナも黙る。
クラーロは、内心で彼女らの辛そうな表情に心を痛めつつも、敢えて問いかけた。
ただただ、このままではいけないという思いから。
「お前たちはアホで間が抜けたところがあるが、決して無能じゃない。むしろ魔法の力と、新しいことを吸収しようとする柔軟性は特筆に値する。そんなお前らが集落の龍たちに怯える理由はなんだ?」
「……」
「俺はな、なんとも思ってない連中にメシをおごるほどお人好しじゃねえ」
クラーロは揺らがない目で言った。
少しして、スチサが小さく笑みを浮かべながら答えた。
「私は、その……集落の落ちこぼれ。最底辺の龍ですから。いくら先生の言葉でも、私が優秀だなんて、とても信じられません」
自嘲の笑みだった。
そしてライナも――。
「何でも屋よ、空を満足に飛び回れない龍が優秀とされると思うか?」
「……そうか」
クラーロは視線を下げた。
どうやら、相当根深い問題が転がっているのだな。
(放っておけるかよ)
決意の表情で、龍人少女たちに頼み込む。
「俺をお前たちの集落まで連れて行ってくれ。そこからの話は俺がする。お前らに迷惑はかけない」
「めい、わく……」
なぜかショックを受けた様子の二人。
「そんなこと、ありません……!」
突然、スチサが強い口調で言った。
「クラーロ先生が迷惑なんてこと、ありません。だって、あんなに教えてくれたのに。むしろ、私たちの方こそ何も返せていない……」
ライナは腕を組んだ。
悲壮な覚悟を決めた表情。
「……スチサよ。ここは腹をくくろう。どうせいつまでもうろついてはいられないんだ。我らも戻ろう」
「うん……ただ」
「わかっている。集落の同胞からは、我らが護らなければなるまい」
「そう、だね。うん、そうだねライナちゃん」
スチサもまなじりを決した。
二人は一歩、俺に近づく。
「なにがあっても、私たちがなんとかします。先生には、何も起きないようにします」
クラーロは眉をひそめた。
俺には? 何も起きないように?
「我らなりの誓いだ。貴様は気にすることはない。まあ、美味い食事ももらったしな……では、行くぞ。こちらだ」
違和感の答えをライナとスチサはくれなかった。
なら、この目で直接確認するまで。
クラーロはライナたちに付いて、エンドレスのさらに高いところへ向かうことにした。
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