19.魔術と魔法


 しばらく悶絶する。

 たまりかねたスチサが近づき、遠慮がちに背中をさすってくれる。それで寝落ちしなかったので効果は確かだと認めざるを得なかった。


 まだ口の中がヒリヒリする中、クラーロは『畑作り』の講義を始めた。


「もう一度、土を耕すところから始めてみろ。……そうだ。ゆっくりでいい。掘り起こした土を、こうやって盛っていく。これが作物の寝床になるんだ」

「ほおお」

「ライナちゃん。頑張れー」


 スチサが本を手に応援する。彼女の隣にはフラッカがどてんと座った。

 うねができあがった。クラーロは荷物から種芋を取り出す。長期間滞在することを考えて持ってきていたカブライモだ。


「これを植える。環境変化に強い種だから、手入れさえ怠らなければ収穫までもっていけるはずだ」

「おおお!」


 ライナのテンションが上がる。

 両手で丁寧に植える。すると、彼女はいきなりその場に伏せた。


「くんくん……」


 土の匂いを嗅いでいる。龍翼衣がさらに汚れてもまったく気にしない。

 クラーロは腰に手を当て、呆れつつ言った。


「お前、本当に土の匂いが好きなんだな」

「うむ!」


 元気の良い返事がきた。


「我は土の匂いが好きだ。本当に安心する。我は相手が安全かどうかを匂いで把握するほどだからな」

「自分で言うか」

「その点、何でも屋よ。貴様も良い匂いがするぞ。土まみれの匂いだ」


 クラーロはとっさに服の裾を匂った。確かにエンドレスに入ってから土埃にまみれまくって、ろくに洗濯できていない。


「良い匂いだ。我が言うのだから誇ってよいぞ」

「どうも」


 こいつらが見ていないところで、後で洗おうとクラーロは思う。


 そのとき。

 なにかに気づいたスチサが、「先生」と声を掛けてくる。


「あの、少し離れた方が」

「なんでだ」

「いえ、この状態のライナちゃんは――」


 そう言いかけたとき、不意にライナが興奮で叫び声を上げた。


 ――火炎付きで。


「待て待て待てぇ!」

「むむ」

「むむ、じゃねえわ! てめえ、俺が良いと言うまで魔法禁止と言っただろ!」

「こ、これは魔法ではない。その、そう! 歓喜の儀式だ、呼吸だ。火っ火っ――」

「やかましい! 適当なこといってやりすごした気になるなこのアホ!」


 クラーロの怒声が響いた。


「こんなんじゃ、人里に降りてもすぐに孤立するか、最悪、憲兵龍に叩き出されるのが関の山だろうが!」

「けんぺい……?」

「偉くて怖い龍の方に追い出されるってことだよ、ライナちゃん!」


 スチサがわかりやすく解説してくれる。それから彼女はぽつりとつぶやいた。


「怒ってるように見えてちゃんと心配してくれるクラーロ先生、やさしい……」


 調子が狂うとクラーロは思った。


 気を取り直し、持っていた対魔法用のお守りをかざす。魔力を微量流し、お守りの中に蓄えられていた冷気を解放する。

 土の上にくすぶり続ける炎を、氷混じりの冷気が瞬く間に鎮めた。

 スチサが目を丸くして賞賛する。


「すごいです。やっぱり先生は魔法バッチリじゃないですか」

「むうう。これは……まさにスチサの魔法と同じ。いや、それ以上の精度。く、いったいいつの間にこのような」

「おいそこのピヨ龍ふたり。勝手に決めつけるな。さっき説明しただろうが。俺は人間で、魔法は使えないと。こいつの中に蓄えた冷気を解放しただけだ」


 ぴしりと言う。

 お守りに損傷がないか確認していると、なおもスチサが力を込めて言ってきた。


「クラーロ先生なら、きっと魔法も使いこなせますよ」

「できねえよ。四大元素の勉強はしてたが、結局使えなかったし」

「いいえ! 母様が言ってました。人間の中には、龍の魔法を体得する選ばれし者もいる、と!」


 体得って。


「おい。まさか魔法を生身で受けて覚えろってことじゃねえだろうな」


 クラーロが半眼で睨むと、ライナがなにやらやる気の表情になっていたので、はっきりと「やめろ」と釘を刺しておく。

 するとライナは不服そうに言い返してきた。


「だが何でも屋よ、貴様もなにもないところから武器を出していたではないか。魔法じゃないなら、あれはなんなんだ」

「魔術だ」

「それは魔法とどう違うんだ」

「……説明してやるから、ちょっと待ってろ」


 クラーロは良い機会だと思って、荷物の中から書籍を取りだした。

 龍と人間についてわかりやすく伝えた、子ども向けの絵本だ。

 目的のページを開くと、フラッカがそれをくわえてライナたちに見せに行った。ピヨ龍二人が頬を付き合わせて絵本をのぞき込む。


「簡単に言えば、魔術は人間が使うもので、魔法は龍が使うものだ。もちろん厳密には違うが、まあここではシンプルにそう考えておけ。さて、ここで質問だ。お前ら、自分の得意な魔法はなんだ」


 龍人少女が顔を見合わせる。


「我は……炎か?」

「私は氷ですか」

「そうだな。ピヨ龍赤は四大元素のうち火、ピヨ龍白は水――すなわち、自然界に存在する四つの元素を操ること、それが魔法の本質だ」

「人間は違うのか」


 じーっと本を見ながらライナが聞いてくる。クラーロはうなずいた。


「その絵本にあるように、人間が使う魔術は根本的に原理が異なる。二種類の絵が描かれているだろ。魔術は大きく二つの系統に分かれている。何かを生み出す召喚魔術、対象を強化する強化魔術の二つだ」

「なるほどわからん」

「いや諦め早いわ。聞けよ土フェチが」

「土ふぇ……?」


 クラーロは無視した。


「簡単に言うと、誰かに力を与えたり、誰かから力を借りたりするのが人間の使う魔術の特徴だ。魔法も魔術も魔力を元にするのは共通しているが……魔法は攻撃特化、魔術は補助特化と考えて、おおよそ間違いない」


 噛み砕いて説明する。言葉の選び方、話し方――頭に浮かぶのはルサイアだ。

 スチサが手を上げた。期待に満ちた瞳で言う。


「クラーロ先生は、どんな魔術が使えるんですか?」


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