18.ライナの獲物


 ひとつ、息を吐く。


「おい」

「……なんだ」

「お前、魔法の制御を覚えてみないか?」


 ライナは怪訝そうにした。クラーロはわざと軽い口調で言った。


「地べたを歩く暮らしも悪くねえぞ。魔法制御はその第一歩だ。ほれ、そんなボケっとしたツラしてると、こいつに置いて行かれるぞ」


 スチサを指差す。

 煽られているとわかったのか、ライナが鼻を鳴らした。


「ふん。言われずともセイギョ? ……は完璧に覚えているわ!」

「なんで疑問形なんだよ。お前意味わかってないだろ」

「うるさい。魔法は我らにとって呼吸と同じだ」

「ほう。呼吸と同じ」

「う、うむ。そう……こう、なんというか……火っ火っ吹ーだ」


 スチサが「くふふっ」と吹き出した。クラーロは呆れた。


「やっぱり意味わかってないな。ま、今はいいさ。これから覚えていけばいい」

「そうか。よかった。バカにされただけかと思ったぞ」

「なにもお前、一生バカでいるつもりはないだろ?」

「たぶんな」

「おいそこは明確に否定しろや。いつもの傲慢な態度はどこいった」


 クラーロは笑った。ライナが頬を膨らませる。


「ま、俺にできることがあったら手伝ってやるよ。なんたって俺は何でも屋だからな」


 ひとしきり笑った後、クラーロは龍人少女たちに言った。


「さて、少し遅くなったが朝飯でも作るか」

「朝飯!」「ごはん!」


(このピヨ龍どもめ)


 クラーロは苦笑いする。


「あまり蓄えがあるわけじゃないから、期待すんなよ」

「ふっふっふ」


 するとライナが得意げに、龍翼衣にくるんでいた物を取り出した。まるで手のように動く龍翼衣。便利なものだと思った。


「見ろ。獲物を捕ってきてやったぞ!」


 そう言って彼女が見せたのは、美しい羽根を持つ鳥だった。スチサがローブにあしらっている羽根と同じ色合いである。

 スチサが目を輝かせる。


「ライナちゃん。それ」

「ふふん。我は龍でもやれるぞというところを改めて見せてやろうと思ってな。やらかしてしまったわ」


 言葉の使い方が怪しい。


「でも、どうやって」

「なに。地面に追い込んで墜落させたんだ」


 荒技。


 よく見るとライナは顔も龍翼衣も泥だらけだった。


(自分が墜落したときに一緒に下敷きにしただけでは……?)


 クラーロは思ったが、口にはしなかった。

 鳥を受け取る。初めて見る種類だ。仕留め方が乱暴だったせいか損傷は激しいが、食用には問題なさそうだ。

 クラーロは手早く処理をすると、内臓を取り、肉を火に掛ける。


(普通のイノシシとかなら、内蔵も美味いんだけどなあ)


「あ」


 まな板代わりの石に乗せていた内蔵を、フラッカがぱくりと食べてしまった。どうやら平気らしい。

 とりあえず痛みのないものを選んでスライスし加熱する。

 市場に流通する肉ではなかなか内蔵を食べられない。狩りの醍醐味である。


 ほどなく、ボリュームある肉とスープが並ぶ。

 熱した石の上で肉の表面がじゅわじゅわ鳴っている。ナイフを入れると綺麗な焼き色の層になっていた。


(よし、完璧な仕事)


 龍たち二人は今日も雛鳥のように雁首そろえて座って待っていた。クラーロは笑う。


「ほらできたぞ、ピヨ龍赤、ピヨ龍白」

「おおっ。……ん? ピヨ龍赤?」

「お前らのことだ。ピヨピヨうるせえからな」

「なんだと!」

「うう、やっぱりそうなんですねえ……」


 今度は自分の分もしっかり確保して、クラーロは距離を取って座る。

 六歩分の距離なんて関係なく思えるほど、賑やかな朝食が始まった。


 クラーロは懐かしい感覚になった。学生時代を思い出す。

 こういう性格と体質なので、交友関係は広くなかった。落ちこぼれだった男のところに集まってくるのは、物好きばかり。だが、気心の知れた者たちと囲む食事は楽しかった。

 今、似たような気持ちになれている。


(気心の知れた者、か)


 ――朝食はあっという間に終わった。

 クラーロは二人に食器の洗い方、片付け方を教えた。道具の使い方は覚えておいて損はない。

 二人ともおぼつかない手つきながら、真面目に実践していた。特にスチサは普段から衣装作りをしているためか、なかなか飲み込みが早い。いいことだとクラーロは思った。


 食事と片付けが終わったら、さっそく『授業』の開始だ。


「さてピヨ龍赤」

「ライナだ」


 クラーロは抗議を無視した。


「魔法の制御は次に回すとして……今日は本格的に土の耕し方と畑の作り方を教えるぞ」

「おお。畑。食物を育てる場所だな。それくらいは知っているぞ」

「おう。えらいえらい」


 雑に褒める。ライナは嬉しそうだった。実にポンコツである。


(まあ……悪気はないポンコツだよなあ……)


 ちら、とかまどを見る。

 先ほどライナが持ってきた木片などは、自分でも鍬を作りたいと思ったためらしい。だが、『棒』と『平べったくて堅い物』をくっつけるという大雑把な認識で集めたため鍬に使えず、今はかまどの一部になっている。


 自分が持ってきたものを見ていると気づいたライナが、思い出したように龍翼衣から数枚の葉っぱを取り出した。


「ほれ何でも屋よ。眠気覚ましの草も採ってきてやったぞ。お前が持ってる羽根みたいにくわえてみろ」

「眠気覚ましの草?」


 手の半分くらいの大きさで、表と裏で緑の濃さが違う葉っぱだ。フラッカが何枚か口にくわえて持ってこようとするが、直後に「ぺっ、ぺっ」と吐き出してしまう。


 そんなにキツいのか?


 恐る恐る葉に近づき、手に取る。見たところ、特に変わった形ではない。匂いもさほど感じない。

 どれ、と口にくわえる。


(……!!??)


 突然、口の中に灼熱が生まれた。凄まじく苦い。

 確かに目が覚める逸品であることに違いはない。だが、これは強すぎる。魔術具の比じゃない。舌と喉が死ぬ。


(ちくしょう。なんてもの食わすんだよこのポンコツめ……!)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る