17.彼女との共通点


 クラーロが黙っていると、スチサの表情が曇った。


「私、なにか失敗しましたか……?」

「いや、そうじゃない。責めてるわけじゃないから、気にするな」


 スチサは安堵の息を吐いた。


 クラーロは考えた。

 エンドレスに暮らす龍が、皆、スチサのように強い力を持っているかはまだわからない。もしかしたら、彼女は集落の龍の中では平均的な実力の可能性もある。

 だが少なくとも、今のままではスチサが人里に降りるのは危険だ。周りも、本人もだ。そこに気づいた以上、伝えられることはしっかり伝えていかなければとクラーロは思った。


 ただでさえ内気な彼女が、周囲の冷たい視線にさらされ、孤立していく様は見たくない。

 自分が同じような経験をしているから、なおさらだ。

 学園で感じた孤独、辛さ。湧き出しそうになる負の感情を抑え込む。


「クラーロ先生?」

「何でもない。大丈夫だ」


(これから少しずつ、力の制御を覚えさせていこう。人と一緒に暮らしても大丈夫なように)


 また不安そうな表情になったスチサに気づき、クラーロは話題を変えた。


「ところでお前、テントは知らなかったのに、『先生』という言葉は知っているんだな」


 するとスチサは遠い目になった。昔を懐かしんでいるような、悲しんでいるような、そんな表情。


「母様が、人間社会に詳しい方でした。『先生』がどんなものかは、母様から聞いたんです」

「なるほど。お前が人の暮らしや道具に興味を持っているのも、母親の影響という訳か」


 スチサはうなずいた。

 クラーロは共感した。彼も母親代わりのルサイアから大きく影響を受けた人間である。


「母様いわく、先生とは人間の中であらゆる技能に通じ、人の道に通じ、迷える人々を教え、諭し、正しく導く無二の存在なのだと。人々の前に立ち、その背中ですべてを伝える偉大な人種なのだと言っていました」

「待て待て」


 ……そんな人間いるか?


「だいぶ偏っておられるな、母上の認識は」

「そうでしょうか?」


 クラーロの皮肉っぽい物言いに対して、スチサは本気で首を傾げた。


「私、クラーロ先生は『先生』だと思いますよ。それは間違いありません」

「間違いないわけあるか。間違いだらけだよ。俺は落ちこぼれなんだ。お前が言うような先生は、人間社会じゃ『伝説の勇者』だよ」

「ではクラーロ先生は伝説の勇者先生なのですね。さすがです先生」

「真顔で言わないでくれ」


 眉間を揉むクラーロ。


 そのとき、フラッカが短く吠えた。直後、上からライナが降ってきた。柔らかい土の上に、どすん、と着地する。

 両手にはどこから拾ってきたのか、木片やら岩の欠片やらを抱えている。よく見ると、龍翼衣にもなにかをくるんでいる。


「い、今戻ったぞ。はは、ははは……」


 なぜか強ばった笑みを浮かべるライナ。クラーロは目を丸くした。


「お前、なんで上から降ってくるんだよ。どこ行ってた」

「ん? 我か? この機会に龍に戻っておこうと思ってな。どうだ、驚いただろう」


 胸を張る。だが顔にはびっしり冷や汗をかいている。


「おい、顔色が悪いぞ。マジでなにかあったんじゃないのか?」

「いやっ! そんなことはっ、ないぞ!」

「こっちは純粋に心配してやってんだ」


 クラーロが表情を引き締めて言うと、ライナは気まずそうに下を向いた。

 スチサが駆け寄る。


「ライナちゃん。もしかして? ?」

「む……」

「無理をしなくてもいいのに」


 無理して一人で空を飛ぶ?

 どういうことかとクラーロが尋ねると、スチサは言いにくそうに視線を泳がせた。


「……実はライナちゃん、高所を飛ぶのが苦手なんです。少しなら大丈夫なんですが、他の龍の方々と同じように飛ぼうとすると、途中で辛くなっちゃって……」

「しかし……龍たるもの、空を飛べなければ意味がないだろう。頭首たちもそう言ってる」

「龍の姿に戻るだけなら、無理に飛ぶ必要ないよ」


 スチサが布で友人の汗を拭う。

 顎に手を当て、クラーロは記憶を探る。


「もしかして、形態周期のことか? 龍は定期的に元の姿に戻らないと体調を崩しやすくなるっていう……」


 二人の龍人少女は驚いた表情をした。


「知っているのですか?」

「そりゃあな。曲がりなりにも中央育成学園を卒業したわけだし」


 龍はずっと人の姿に変身できるわけではない。あくまで元の姿は龍なのだ。

 だから定期的に龍形態に戻らなければ、様々な不調に苛まれるという。

 形態周期とは、言ってみれば連続して人の姿でいられる期間のことだ。個体差が大きいと聞くが、ひどいものだと動けなくなるほど辛いらしい。


 そこにきて、ライナは『空を飛ぶこと』が苦手だという。あの巨体で飛べないのなら、龍の姿に戻るのを躊躇ってもおかしくない。


(龍なのに、空を飛ぶことが苦手……か。だが、奴の言動を見ると、これまでも相当努力して克服しようとしたんだろうな)


 努力ではいかんともしがたい壁。それでもぶつかり続けなければならない辛さ。

 クラーロは思う。


 まさか、ライナに対しても自分との共通点を見つけるとは思ってもいなかった。

 もしかしたら、こいつが土を好む理由も、空ではなく大地の方が心安らぐからなのかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る