16.銀龍の実力
――翌朝。
クラーロは頬に感じる冷気で目を覚ました。疲れのせいか、少し身体が重い。
薄く目を開ける。外の明るさがテントの布地越しにわかった。
エンドレス攻略のために持ち込んだテントは二人用。クラーロの隣にはフラッカが丸くなって眠っていた。
寝袋から抜け出し、テントの入口を開ける。
「ふぅっ……!」
高所特有の冷気が吹き込んできた。
テントの中では、フラッカが迷惑そうに半目を開けてこちらを睨んでいる。
クラーロはテントの外に出て、空気を吸った。
空は快晴である。霧は出ていない。程よい湿気をはらんだ風は、まるで清流のすぐ近くにいるような爽やかさだ。慣れてくると、この冷気も心地よい。
陽光が斜めに差し込んで、耕したばかりの地面に木々の陰影を付ける。夜が明けてまだそれほど時間は経っていないようだ。
荷物から日記を取り出し、朝の状況を記録する。そうしているとフラッカも起きてきた。
「よう。おはようフラッカ」
「わっふ……」
(あいつらは大丈夫だろうか)
龍人少女たちのことを考える。彼女らは結局、飯を食ってからずっと起きなかった。毛布を被せるのが一苦労だったことを思い出す。
今、彼女らの姿はない。
毛布は、きちんとたたまれたものがひとつ、ぐしゃぐしゃに放り投げられたのがひとつ。どちらが使っていたものか一目瞭然だった。
そのとき。
テントの裏で何かがごそごそ動く気配を感じた。
「すごい。すごい。すごい。これ、どうなってるんだろう。入りたい……。でも入ったら怒られそう……。でもでも入りたい……」
クラーロはため息をついた。
まだウトウトしているフラッカを残し、テントの裏手に回る。
「おい」
「わわっ!?」
驚いて飛び出してきた銀髪少女とぶつかりになる。
至近距離に、スチサの整った顔があった。
クラーロはできるだけ冷静さを保ちながら六歩分、距離を取った。
「お前、こんなところでなにをしているんだよ」
クラーロが尋ねると、スチサは「あはは」と愛想笑いした。
「『これ』がすごく珍しくて、綺麗で。つい見入ってしまって」
テントを指差す。
「そんなに珍しかったか」
「はい。こんなしっかりした作りをしているんだなと。あと、ピシッとしていてすごく綺麗です」
「テントにそういう感想を持つヤツを初めて見たよ」
クラーロは肩をすくめた。
「俺にとっては未知の場所だったからな、エンドレスは。耐久性重視で選んだテントだよ。ほれ、この丸っこい屋根は風に強いんだ。魔物の襲撃にも耐えられるよう、設営時に強化魔術もかけてる。まあ居心地はいい」
「おお……すごい!」
「だがな。お前らがふざけて魔法でもぶつけたらひとたまりもないからな」
「そ、そんなことしませんよっ」
スチサが腕を振って懸命に否定する。
その様子がおかしくて、クラーロはちょっと吹き出した。そして、そんな自分自身に驚いて、口元を押さえる。
きょとんとするスチサを前に、クラーロは頭をかいた。
「あー、なんだ。朝の挨拶がまだだったな。……おはよう」
「おはようございます!」
「で、昨日はよく眠れたか?」
「あ、はい。それはもうぐっすりと……なにより怒鳴り声がない朝って本当に久しぶりで」
怒鳴り声がない朝?
気になる言い回しにクラーロは眉を寄せた。
「それより先生」とスチサが言う。
「ひとつお願いがあります」
「なんだよ」
「魔法を使いこなす練習、見てもらえませんか?」
龍の多くは、魔法の才能を生まれたときから持っている。使いこなす練習、とはどういうことだろう。
「昨日、クラーロ先生から言われて思ったんです。私今まで、特に考えもなく魔法を使ってきました。でもそれだと、人間さんたちが暮らすところに降りたとき、うまくやっていけないんじゃないかって」
「お前、この山を下りるつもりか」
問いかけると、スチサは一瞬黙り込んで、少ししてから小さくうなずいた。
クラーロは頭をかいた。
(俺が叱ったのがきっかけになったんだろうか)
だとしたら、無下にはできないとクラーロは思う。
「俺は龍と違って魔法が使えない。助言できることなんてそうそうないぞ」
「え、そうなんですか?」
心から意外、という表情を浮かべるスチサ。
「クラーロ先生のことだから、てっきり魔法も完璧に使いこなせるんじゃないかと」
「あのな。俺は人間だぞ。龍とは違う」
「そう、かなあ……」
なぜ疑う。
「とにかく、まずはいつもやっているような感じで魔法を見せてくれ」
スチサはうなずいた。開けた場所の真ん中に立つ。
「それでは、いきます」
やたらに気合いの入った表情でスチサが言った直後。
吹雪が起きた。
フラッカがくしゃみをする。
「おい待て待て!」
「は、はい!?」
「お前、それが『いつもの感じ』かよ」
「そうですけど……?」
吹雪をぴたりと止めて答えるスチサ。
(制御はできているんだよな。力の加減がわからないだけ、か……)
クラーロは懐からペンダント型の『お守り』を取り出した。
昨日、龍人少女たちに言った魔術具である。ある程度の魔法なら、一時的に吸収することができる簡易的な魔術具だ。
学園に所属する者なら簡単に入手できるが、機能は相応。あくまで龍と共同生活をする上で不慮の事故から身を守るためのものである。
「これを貸してやる。少しずつ魔法を流し込むようにイメージしてみろ。ある程度なら、そのお守りが吸収してくれる。逆に言えば、そこから溢れるようだと『魔法が強すぎる』と思え」
「あ、ありがとうございます……!」
「いいか貸すだけだぞ。夕方には返せよ。毎日手入れしないとすぐに駄目になるからな」
「は、はい! 人間の社会には、こんなすごいものまであるんですね」
なぜか感激した様子のスチサ。
運び役のフラッカからお守りを受け取り、大事そうに胸に抱える。何度か深呼吸をして集中する龍人少女を、クラーロは腕組みしながら見つめた。
(龍が魔法を使うときってのは魔術以上に直感的なんだな。そりゃ人間が勝てないわけだ)
「いきます」
小さくつぶやくスチサ。
先ほどよりもずっと抑えた冷気が白い霧となって、彼女の周りにゆっくりと降りていく。
三秒と経たず、お守りが不自然に輝き出した。
クラーロが慌てて叫ぶ。
「待て待て待て! おいピヨ龍白! それをこっちに寄越せ!」
「え、まだほんのちょっとしか……ってピ、ピヨ龍白って、もしかして私のことですか!?」
「いいから、早く!」
「は、はは、はいっ!」
お守りを回収する。
ひんやりと冷たくなったそれは、すでに許容量いっぱいに魔力がたまったことを示していた。
(あの一瞬でここまで)
確かにお守りは学園で手に入る汎用品だ。強化魔術で効果を引き上げているとはいえ、限度はある。
それでも、これほどすぐに許容量がいっぱいになるなんて。
クラーロは信じられないといった目で銀髪少女を見る。
(もしかしてこいつ、自分が思っているよりも凄まじい力を持っているのでは?)
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