15.ピヨ龍たちの餌付け
――それから。
何とか火をおこし終わったクラーロは、本格的に調理を始めた。持参した愛用の調理器具がかちゃりかちゃりと鳴る。
作っているのはイノシシと山菜の鍋である。
「さて」
久しぶりの野外調理。気を取り直したクラーロは、とっておきを取り出した。
固形の万能調味料――『グラオン』である。
少し多めに入れて、濃い味に調整する。龍は全体的に濃い味が好みだと聞いたことがあった。多めに持参してよかったとクラーロは思った。
具材の切り方も工夫した。
キノコの傘に飾り切りをして花の形に。
イノシシの肉は食べやすいように一口大に。
ナイフを振るっているうちに興が乗ってきて、鼻歌を口ずさむ。
その様子を、龍どもが雁首そろえて見つめていた。
「おお……」
「すごい……」
クラーロに叱られたせいか、素直に正座しながら感嘆の声を漏らす二人の龍人少女。
ライナが興味深そうに言う。
「人の使う道具というのは、存外、傷だらけなのだな。あとカラカラうるさいのも驚きだ」
「やかましい。長旅に耐える品物ってのはこういうものなんだよ」
そうなのか、ときょとんとしていた。
(まったく……なんで俺がこんなことまで。あのポンコツども。これじゃ龍というより雛鳥だろ。腹へった飯ーってうるせえうるせえ……)
心の中で悪態をつく。それでも調理には手を抜かない。
クラーロの性格が出ていた。基本、凝り性なのである。
あとはできあがりを待つだけとなったとき、クラーロは何の気なしに尋ねた。
「ところでお前ら、さっきは派手な喧嘩をしていたが、いつもあんなことやってるのか?」
「何を言う。我とスチサは無二の友だ」
鍋から漂ってくる匂いに唾を飲み込みながらライナが言う。
「たまに服のことで我が口を出すとスチサが怒るだけだ」
「それはライナちゃんがいつも服のことをバカにするから……」
スチサが頬を膨らませる。
(……毎度同じ事を繰り返してんのか、あのライナとかいう赤いヤツは。懲りないアホだ)
そこで思い直す。
(いや……近しい相手だからこそ繰り返せる、というべきか)
ライナが首を傾げる。
「しかし、今日はいつもと違う感じだった」
赤髪の龍人少女は言った。
「何でも屋のことが絡むと、いつもより怒り方が激しかった」
「は? なんでだよ」
「さあ。我にもわからん。なぜだスチサ」
「……言わないもん」
スチサが顔を赤らめながらそっぽを向く。
「わからんと言えば、何でも屋よ」
ライナが尋ねた。
「そなたはなにゆえ我らの魔法を喰らっても平気なのだ」
「平気なわけあるか」
手を振る。あやうく火傷と凍傷に同時にかかるところだったのだ。
ライナは納得しなかった。
「ただの人間にしては頑丈すぎる気がするぞ。人とはもっとひ弱ではないのか?」
「おい人間バカにすんな。……まあ、確かに俺は生まれつき魔法耐性が高いと育ての親は言ってくれたが」
「ほう……!」
「あくまで人よりは、だ! あとはお前らみたいな無茶苦茶な龍と遭遇してもやり過ごせるように、魔術具を使ってる。お前らの魔法でも平気だったのはむしろこっちが原因だろうな」
「ほっほう。それは我に対する挑戦か? 受けて立つぞ」
「やめろや、エセ魔王」
クラーロは突き放すが、なぜかライナは嬉しそうだった。エセ魔王という呼び名が気に入ったらしい。やはりアホの子だとクラーロは思った。
ようやく鍋ができあがる。辺りにふわりと食欲をそそる匂いが漂う。
二人分の器によそってから、クラーロはぶっきらぼうに言った。
「ほれお前ら。食べて良いぞ。俺はあっちに行ってるから、その間に食っちまえ」
「え、いいのか?」
「腹が減ってるんだろ。またさっきみたいに倒れられたら俺が困る。さっさと食え。食器の使い方はわかるか」
「あ、はい」
その場を離れたクラーロの代わりに、少女たちがゆっくりとかまどの近くに集まってくる。
それから一口、汁を飲む。
ぴんと背筋が伸びた。
「おお……!」
「美味しい。これ、すごく美味しいです!」
クラーロは視線を外した。
「別にたいしたことじゃない」
「むう、そうなのか。なら感動するだけ無駄だったか」
……そう言われるとムカつく。
頬いっぱいに具材を詰め込んで、ライナはご満悦な様子だった。龍翼衣が、彼女の感情に反応してかぴょこぴょこ跳ねる。
顔と身体全体で「美味い!」と表現していた。
一方のスチサはずっとソワソワしていた。むーむー唸りながら、渋い顔をしている。
さすがに気になってクラーロは声を掛けた。
「おい。口に合わなかったら無理すんな」
「ふえ! ちがふ、ちがふんです!」
キノコを頬張ったまま慌てて否定するスチサ。
「いい言葉が浮かばなくて……えっと、えっと」
直後、何かを思いついたのか表情が輝いた。
「すごいです!」
(語彙力)
かまどから少し離れた場所にあった倒木にクラーロは腰掛ける。口元には、小さく微笑みが浮かんでいた。
「美味い! 美味い!」
「すごく綺麗です! すごい!」
……まあ、悪くない。
そういえば、他人に料理を振る舞うなんていつ以来だろうなと思った。
昔のことを思い出し、遠い目になる。
ふと気がつくと、龍人少女たちはその場で眠りこけていた。満腹で満足したらしい。
「ほんとに自由だな。お前らは」
――これから目指す集落には、こんな感じの龍が雁首そろえているのだろうか、とクラーロは思った。
(それはそれで憂鬱だ。しかし……)
以前ほどのプレッシャーは感じない。
(悔しいが、こいつらのおかげかもな)
立ち上がる。
「さて、そろそろ俺も食事を――」
「わふ」
呆れた顔でフラッカが鍋をくわえてやってきた。
中身は見事に空である。
クラーロの笑みが強ばる。腹が鳴った。
「この、ピヨピヨ龍どもめ!」
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