14.クラーロの一喝


 突然の出来事に、一瞬、クラーロの思考が止まる。

 さっきまで好きなことに夢中だった龍人少女たちが、ほぼ同時に、まるで糸の切れた人形のように倒れ込んだのだ。


「おい、お前ら!」


 クラーロは駆け出す。自分の体質も忘れて。

 近づきすぎ――とフラッカが吠えて警告するが、クラーロの耳には届かなかった。


「フラッカは赤い方だ!」

「むふぅ……」


 スチサの元に駆け寄る主をフラッカは不満そうに見たが、指示には素直に従った。

 銀髪の少女まであと二歩まで近づいたとき、ふらりと視界が揺れた。

 気合いでこらえる。


「おい、大丈夫か。おい!」

「うう……」


 スチサがうめく。苦しそうだった。

 クラーロは必死に考えた。


 二人同時に昏倒。突発的な病気か? 龍特有のもの? しまった、龍の病について十分な知識がない。いや、それとも襲撃? 二人同時だったんだ。そういえばこいつらは集落に戻ることに消極的だった。まさか。

 めまぐるしく思考が回る。


「しっかりしろ! 今助けてやる!」


 それは無意識に口から出た言葉だった。

 彼の声に反応して、スチサが顔を上げる。

 か細い声で、彼女は訴えた。


「おなかが、すきました」

「…………は?」


 二度目の思考停止。

 同時にぐぅううぅぅ……と盛大な腹の音が響く。ぱたり、とスチサの手が落ちた。


 口を開きっぱなしのまま、クラーロは振り返る。視線の先で、妹召喚獣がライナの様子を見ていた。

 フラッカは、倒れたライナの匂いをくんくんと嗅ぐと、鼻で笑ってクラーロの元に戻ってくる。


 ――お腹空いたって。心配して損した。


「うう……ち、力が出ないぞ……」


 情けない声でライナが言う。


 クラーロは天を仰いだ。

 ふらりときた。気が抜けたせいで、一気に睡魔が身体を駆け巡る。

 眠気に抗うクラーロを見て、スチサがふにゃりと表情を緩めた。


「わあ、せんせーが近くだあ……眠っても大丈夫ですよぉ……また膝枕してあげますからぁ……」


(俺が眠っている間にそんなことをしていたのか、この龍は)


 耐える。なんとしても耐えてやる。


「フラッカ。こいつらを頼む」

「わふぅー……?」


 心底嫌そうな召喚獣を残し、クラーロはその場を離れた。

 なんとなく残念そうなスチサの視線を振り払う。


「空腹かよ、くそ」


(だが目の前で生徒が餓死したら寝覚めが悪い……)


「だああっ、まったく世話が焼ける!」


 吐き捨てると、クラーロは拠点周辺の探索を始めた。

 再度創成召喚した短剣を手に、『獲物』を求めて歩き回る。


 ――ここまでエンドレスを踏破してきて、魔物以外の獣も普通に生息していることは把握していた。

 これまでの学園生活で得たサバイバル技術をフルに活用する。


 それほど時間をかけることなく、巣で休んでいたイノシシを発見。一撃のもとに狩る。

 血抜き処理をしてから、いったん帰還。ライナたちが目を輝かせたが、フラッカに厳命して近づけさせないようにした。


 それから、狩りの際に目星を付けていた山菜を採取。あわせて薪となる枝を拾い集める。地形変動のせいか、折れた枝は比較的簡単に見つかったが、エンドレスの植物の特性か、どれも湿っていて燃えにくそうだった。


 拠点に戻り、手頃な石を組んで簡易のかまどを作る。

 手際よく作業を進めていくクラーロを、ライナとスチサはワクワクした表情で見つめていた。腹ぺこで動けなかったくせに、いつの間にか雁首そろえて座っている。


(こいつら雛か)


 少女たちに呆れながら、短剣で枝をこそぐ。少しでも燃えやすくするための工夫だった。

 だが、なかなか火が付かない。

 どうやらエンドレスの植物は難燃性のものばかりのようだ。


 根気よく乾燥させていくしかないかと思っていると、突然、クラーロの目の前に火柱が立った。


「火を付けるなら我に任せろ!」


 口元からちろちろと火の粉を吹きながらライナが胸を張った。

 得意満面。褒めてもらえることを確信している表情だった。


(手が火傷でヒリヒリする……)


 ついでに手にしていた枝は半分ほど炭化していた。もう使い物にならない。

 うつむくクラーロを見て、スチサが言った。


「大丈夫ですか!? いま冷やしますから!」


 周囲の温度が急激に下がる。

 今度は手がチリチリした。手の甲に霜が降りる。そのまま凍傷にさせようかというほどの勢いだった。


 クラーロはわなわなと震える。

 フラッカは呆れたようにあくびをし、もう知らないとばかりその場に丸くなった。


 力を込めて、クラーロは告げる。


「お前ら」

「ん、どうした何でも屋。褒めるなら褒めていいのだぞ」

「まだ足りませんか。ならばもっと本気で」

「お前ら……今後は俺が良いと言うまで魔法禁止だ! そこで大人しく正座してろ!」


 陽が傾きかけた山にクラーロの怒声が響き渡った。


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