13.忘れていた気持ち


「道具?」

「耕すなら、まずはコレがないとな。ちょっと待ってろ」


 そう言ってクラーロはひとつ深呼吸した。


 ――創成召喚。


 彼の両手に、黒と金の短剣が現れる。

 スチサが目を輝かせた。


「あれは、私を助けてくれたときの……! ライナちゃん、あれだよ。あの剣がすごいの!」

「何もないところから武器を出す……これが人間の持つ術か」


 興奮した様子の龍人少女たち。さすがに大げさだろ、とクラーロは思った。


「さて、と」


 気を取り直し、手頃な太さの木を切る。創成召喚で生み出された短剣は、いともたやすく幹を切断した。

 それを器用に削って、柄の部分を作っていく。


 しゃっ、しゃっ……と規則正しく響く音。ライナとスチサが興味深そうに作業を見つめている。手元までのぞき込んできそうな勢いだ。そんな彼女らをフラッカがブロックする。


 作業は進んでいく。

 手持ちのロープを適当な長さに切り取り、短剣と柄を結ぶ。ほどけないように、しっかりと何重にも巻き付けた。

 最後に、全体に強化魔術をかけて完成だ。


「よし。こんなもんか」


 ライナが身を乗り出してきた。


「それはなんだ。武器か」

「違ぇよ。くわだ。人が農作業に使う道具だよ。見たことはあるか?」


 首を横に振るライナ。


(鍬も初めて見る、か……)


 本当に人との交流が皆無だったのだなとクラーロは思った。


(まあ、確かに龍の力があれば、畑を耕して作物を育てなくても生きていけそうな気はするが)


 知らないからこそ、興味が湧く。思わず見入ってしまう。

 その気持ち、よくわかる。

 どんなことでも、初めて経験するときはワクワクするものだ。

 そして、その経験は何物にも代えがたい。


 クラーロは、できあがったばかりの鍬の使い方を身振りを交えて教えた。


「こうやって土を耕すんだ。やってみるか」

「お、おう」


 その場を離れたクラーロに代わって、おっかなびっくりといった様子でライナが鍬を手に取る。


「こうか? ん? こう? ふんぬっ」


 ぎこちないながらも、クラーロの教えのとおりに鍬を振るうライナ。


 ざくっ……。


「お」


 ざくり。ざくり。


「おお!」


 鍬が地面に吸い込まれる。

 新しい土が掘り起こされる。

 動きはどんどん早く、リズミカルに、力強くなっていく。


 ――が、何事にも限度は必要だ。


「おおおおおおお!」

「待て待て待て! 少しは抑えろ。体力が持たないし、何より鍬が壊れる」


 クラーロが制止してようやく手の動きを緩めるライナ。

 彼女は額に汗を浮かべて振り返った。


「何でも屋よ! これはすごい切れ味だな。地面がサクサク掘れていくぞ!」

「掘るだけじゃなくて、土を掻き出すんだ。柔らかくほぐす感じだぞ」

「ふむ! ふむ! ふむ!」


 うなずいてはいるものの、本当に聞いているのか怪しい。

 クラーロは苦笑した。


 傲慢な口調の龍人少女が、こうしてひたすら一生懸命地面を耕す姿を見ていると、なんだか微笑ましく思えてくる。


 もう一本鍬を作って俺も参加しようか――と考えていると、今度はスチサの驚いた声が聞こえてきた。


「クラーロ先生! クラーロ先生!」


 先生と呼ばれたことに内心でどきりとしながら、クラーロは振り返る。

 見ると、荷物の端から覗いていた本をスチサが指差していた。


「あ、あれはもしかして、本というやつでは!?」

「そうだが。本も初めて見るか」

「は、はい。存在はお母様から聞いて知っているのですが、実物を見たことはなくて。集落ではすべて口伝えだったので」


 スチサも瞳がキラキラし始める。

 フラッカが主を見上げた。


 ――どうすんの? このままだと勝手に取っちゃいそうだよ。


 クラーロはうなずいた。


「遠慮しないで読んでみろ。そのために持ってきたんだから」

「……!」


 喜色を浮かべ、スチサは一冊の本を手に取る。指先が震えているのは緊張しているためか。

 彼女が選んだのは、文字を覚えるための本だ。

 文字が読めるのか、内容が理解できるのか、そういったことをクラーロは一切口に出さず、彼女の好きにさせた。


 大事なのはきっかけ。

 新しい世界に触れたときの驚きと感動だ。


「すごい、すごい、すごい……!」


 クラーロは腕を組んで、銀髪の龍人少女を見守る。

 やはり文字は上手く読めないらしい。本をめくるスピードはとても遅い。それでもスチサは、一文字一文字食い入るように見つめている。

 この熱心さ。教え甲斐のある生徒になりそうだ。


「……ん?」


 ふと、クラーロは自分の胸を押さえた。


(いつの間に俺は、こんなにもやる気になっているのだろう)


 改めて、龍人少女たちを見る。

 彼女らの顔を、見る。


 二人とも、夢中だった。

 それは、クラーロ自身も久しく忘れていた光景だった。


(ああ、そうか)


 クラーロは気づく。


(俺は、こいつらのことを応援したいんだ)


 いつ以来だろう。体質のことを忘れて、龍に対して心からそう思えたのは。

 教えたいことはたくさんある。そのために学んできたのだ。

 知識と熱意を活かすときがきたのだ。


 自分のためではなく、誰かのために。


 自然と口元が緩んだ、そのとき――。


 なんの前触れもなく、龍人少女二人がその場に倒れた。


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