12.土いじりが好きな理由


 それからクラーロは魔力岩からライナたちを引き剥がし、さらに進む。

 あの岩のおかげで地形変動を気にしなくて済む。それ自体は歓迎すべきことだが――。


「こやつ、本当に何者だろうか……」

「きっとすごい人なんだよ、ライナちゃん」

「むう。やはりそうなのか……」


 そんな声も聞こえてきて、クラーロは背中がむず痒かった。

 クラーロを見る龍人少女たちの視線が少しずつ変わってきている。


 やがて、目的の場所に到着した。

 クラーロが最初に地形変動に遭遇したところだ。


 足下がふわりと柔らかい。歩くたびに土の匂いが鼻をくすぐった。

 ここに畑を作ったら、さぞ良い作物が育つだろう。

 クラーロの口元が緩む。一帯が瑞々しい作物で覆われた姿を想像したのだ。


 実はこの男、農耕が嫌いではない。むしろ趣味と言ってもいいくらい好きだった。

 きっかけは『魔法』である。


 彼は学生時代、魔法について学ぶ際、必ず自然の中へ足を運んでいた。

 魔法は自然界の四大元素を発現させるものであるから、自然現象をつぶさに観察することは理にかなっている。

 クラーロの場合、これが実に楽しかった。

 いつしか、魔法よりも四大元素そのものに詳しくなっていたほどだ。


 火は『熱すること』。

 水は『冷やすこと』。

 風は『乾かすこと』。

 土は『湿らせること』。


 自然はクラーロにとって驚きと興奮に満ちあふれている。

 そうやって自然の中で過ごすうち、植物を育てることにも興味を持ち始めたのだ。

 身内以外は知らないことだが――小さい頃は、「自分が育てた花をあげれば龍とも仲良くなれる。一緒に遊べる」と無邪気に信じていた。


 なので、ライナから「土を探して欲しい」と言われたとき、実はかなり共感していた。ふたつ返事で引き受けたのも理由があってのことである。

 そのクラーロ以上に目を輝かせたのが、ライナだった。


「おお……! これはすごい。すごいぞ人間!」


 まるで子どものように興奮している。そういえば近所の悪ガキがこんな感じだったなとクラーロは思い出した。


「耕したのは俺じゃない。だがまあ、気に入ってくれてよかったよ」

「うむ! この匂い。良い土のようだな」

「お前、匂いだけで土の善し悪しがわかるのか?」

「そうだが」


 なにかおかしいか? ときょとんとされた。

 さすが龍の感覚、と感心しながら荷物を置く。


「試しに土を触ってみろ。気持ちいいぞ」

「む? こうか?」

「そう。こうやって、しっかりほぐして」


 クラーロが見本を見せると、ライナは素直に同じ仕草をした。

 おお、とか、ふほぉ、とか、変な声を出しつつも、ライナは肥沃な土を夢中で触っていた。

 相手は龍だが、クラーロは微笑ましいと思ってしまう。

 自然と気安い口調で、彼はたずねた。


「良い土だろ? で、お前はこの土でなにをしたい? なにか育てたいものがあるのか?」

「……?」

「真顔で首を傾げるなよ」


(ほんとにこいつ、土の匂いだけで満足していたんだな。匂いで土の善し悪しがわかるのは、それはそれですごい才能だが……)


 ここまでひとつのことに――しかもかなり狭いジャンルに――興味を集中させる龍は珍しい。

 その強大な力故か、龍は往々にして『こだわること』が少ない。


 ライナの顔を見る。出会った当初は気難しそうにしかめられていたが、今は満面の笑みだ。

 クラーロはスチサに目を向ける。


「こいつは、いつも土をいじるだけで満足してるのか?」


 親友の龍人少女は顎に手を当て考えた。


「そうですね。ひたすら掘ってます」

「犬かよ」

「うわん」


 一緒にするなとフラッカが抗議する。


「なにか栽培したことは?」

「うーんと……あ、葉っぱは植えていたよね。美味しかったから」

「葉っぱ? なんの?」

「飲み物に混ぜる……ううん、浸す? とにかくそうするとおいしい飲み物ができるんですよね。人間の発明だって聞きました」


 もしかしてお茶のことだろうかとクラーロは思った。

 ライナは唸った。


「しかし結局上手くいかなかった。やはり我は土をいじっている方がいい」


 土の表面を撫でる。


「楽しいからな。ただただ、楽しい」


 快晴の空を見上げる。


「土と向き合っていると、嫌なことを全部忘れられるんだ。胸がどきどきして、興奮する」


 彼女は言った。

 先ほどまでのウキウキした口調ではなく、深い心の闇を感じさせる沈んだ口調だった。


 クラーロは腕を組んだ。


(まずはここから、かな)


 どうやらライナにしろ、スチサにしろ、自己肯定感が希薄になっているようだ。

 でも、幸い彼女らには夢中になれるものがある。

 ならば、そこから教えていこう。


 楽しい話題なのに、つらさをにじませて語る。そんなことがこれから先、なくなるように。


「よしわかった」


 ライナがこちらを見る。クラーロは不敵に笑った。


「俺がお前にあった道具をこれから見繕ってやるよ。人間の道具と技術を覚えれば、お前ならきっと、もっと楽しめる」


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