11.旅の何でも屋、悩みを聞く


 ダメと思っても放っておけないのがクラーロである。


「おい待て待て!」


 無意識に仲裁に入る。近づけないのでその場で声を張り上げた。


「落ち着けって。喧嘩はやめろ」


 ハッとしてスチサが冷気を収める。ライナが安堵の息を吐いた。

 スチサがなぜ怒ったのか、クラーロにはさっぱり理解できない。だが、あの大人しそうなスチサが魔法をぶっ放すほど怒るのはよほどだろう、とは思う。


「だいたい原因は何なんだ」

「服、だな」

「服?」


 話を聞くと、どうやらスチサは服飾に強いこだわりがあり、そこをバカにされたと感じるとすぐに怒ってしまうという。


(怒るというより、完全にキレてたな)


 それだけ大事なこだわりなのだろう。


 スチサは恐縮しきって黙りこくっている。ライナも頬をかいて明後日の方向を向いていた。うかつな一言だったと本人なりに反省しているのだろう。


(沈黙が気まずい。……ええい、ままよ!)


「あー、ごほん」


 クラーロはひとつ咳払いする。


「お前ら、何か困っていることはないか」


 きょとんと少女二人が目を丸くする。

 自分でも何を言っているんだとクラーロは思った。

 しかし、会話のチャンスを潰さないためにまくしたてた。


「何を隠そう、俺は旅の何でも屋なんだ。困ったことがあれば、基本、何でも解決してやる。だから何か悩みがあったら言ってみろ」


 フラッカはジト目で主を見上げた。不審者そのものじゃない――と言いたげである。

 二人の龍人少女の反応は予想以上だった。


「本当に、話しても良いのか?」


 まるで迷子の子どもが大人に助けを求めるように、不安に溢れる声で言ってきたのだ。

 スチサを見る。彼女は胸の前に手を当てて、何かを期待するようにじっとクラーロを見つめていた。

 クラーロは胸を叩いた。


「ああ。遠慮なく話せ。それで凍結被害が免れるなら損はないさ」

「それは本当に助かる」

「二人ともひどい……」


 再び緊張が和らぐ。


「じゃあ、ひとつ、いいか」


 クラーロはうなずく。ライナはゆっくりと口を開いた。


「土を、探したい」

「土?」

「その、植物の生育に適した、かぐわしくて柔らかくて、美味しい土だ」


 独特の表現だった。

 同時に、ライナは心から土いじりが好きなのだと理解する。


(思ったより純粋なヤツなんだな)


 これなら自分の知識が活かせるとクラーロは思った。


「わかった。俺に任せろ。心当たりがある。ついてきな」


 そう言ってクラーロは荷物を背負って歩き出す。龍人少女二人は素直に付いてきた。

 クラーロは、再び無様をさらさないよう、気付け薬に浸した羽根を噛む。


「素敵ですね、それ」


 後ろからスチサが言った。目をキラキラさせてクラーロを見ている。


「すごく『おしゃれ』です」

「そ、そうか」


 まさかこの姿を『おしゃれ』と言われる日が来るとは思わなかった。

 隣のフラッカを見ると「えー……ありえない」と言わんばかりの失礼な表情を浮かべていた。


 ――クラーロが目指したのは、最初に地形変動に遭遇した場所である。

 そろそろ最初の拠点を作ろうと思っていたので、ちょうどよい機会だった。

 辿ってきたルートを少し戻る。


 途中、話題に困ったクラーロは、気になっていたことを尋ねた。


「そういえば、お前たちはどうしてあの場所にいたんだ。龍の姿なら難を逃れられたはずだろうに」

「それは」


 スチサが口ごもる。

 ライナが腕組みしながら言った。


「我らのお気に入りの場所が、崖の上にあったのだ。しかし、此度の地形変動で大きく崩れてしまった。運悪く、スチサは鳥の羽を採取しようと木によじ登っていた最中でな。崩落する木々に飲まれてしまったのだ」

「鳥の羽?」


 銀髪の龍人少女に視線を向ける。


「あの……着ている服の装飾に使えないかなって…」

「なるほど」


 彼女は獣の皮をマントのように羽織っている。首回りには落ち着いた薄紫色の羽根があしらわれていた。


 龍は基本的に、服に無頓着なことが多い。それは、人化時に龍翼衣が服にも変化しているからだ。確かに、龍形態に戻る度に服を破いてしまってはもったいなさ過ぎる。

 それでもスチサは服を作る。たとえ技術的に拙くても。


「本当に服作りが好きなんだな」

「はい……!」


 初めてスチサが笑った。


(龍らしくない龍、か)


 クラーロは魔術具の地図を頼りに目的の地点へ歩く。


 その途中、行きの時点にはなかった岩の塊に遭遇した。おそらく、地形変動のあおりでここまで落ちてきたのだろう。

 クラーロは眉をひそめた。この岩、他のものと雰囲気が違う。よく観察すると、表面に薄らと紋様が刻まれていた。フラッカも様子が気になるのか、くんくんと匂いを嗅いでいる。


「……魔力を感じる。しかし、だいぶ弱まっているな」


 後ろでスチサとライナが顔を見合わせる。


「魔力……感じる?」

「いや。我には何も」


 クラーロは振り返った。


「お前たち、これが何なのか、知っているか?」


 龍人少女たちは揃って首を横に振る。

 クラーロは改めて岩の模様を観察した。


 ひとつの可能性に思い至る。

 もしかしたらこれは、古い魔術具の類ではないか?

 魔力が切れかけて、ほとんど効果を失っているようだが。


「フラッカ。少し離れてろ」

「わふ……」

「そんな目で見るな。少し魔力を注ぎ込むだけだ」


 呆れた様子の召喚獣を横目に、クラーロは強化魔術で魔力岩を活性化させる。

 ライナとスチサがごくりと唾を飲み込む。


 そのとき。


「わふっ!」


 フラッカが吠えた。

 クラーロも感じ取った。濃い土の匂い。大地の震動。


 地形変動だ。


「くそ。またか。おい龍ども。お前たちはとりあえず空へ避難を――」

「ぅわん!」


 フラッカが再び吠える。

 紋様の刻まれた岩から、魔力の波動が漏れ出したのだ。

 青白い光が大地の表面に広がっていく。


「揺れが、収まってきた?」


 クラーロは呆然と魔力岩を見る。


 やはりコレは魔術具。

 だとしたら、その用途は――。


「もしかしたら昔、このエンドレスを勇者が攻略したときに設置したものかもしれないな。地形変動を抑えるために」

「おい人間よ。どういうことか我にも説明してくれ」


 もどかしげにライナが言った。クラーロが「まず魔術具ってものは」と説明を始めると、龍人少女は揃ってぽかんとする。

 クラーロは咳払いした。


「要するに、この岩に魔力を注ぎ込めば、地形変動を抑えられるってことだ」

「なんと!」

「あの山の呻きを、抑えられる方法があるんですか!? 大発見じゃないですか!?」

「いや、凄いのは俺じゃなく最初にコレを設置した人だから。おい聞けや」


 キラキラと瞳を輝かせながら魔力岩を触る龍人少女に、クラーロは肩をすくめた。


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