10.もしかしたら、彼女たちとなら


(寒い。けど何だ、頭や腹に温かい感触もある)


 クラーロは目を閉じたまま、周囲の気配と音を探る。


「待て、だから待つのだスチサ。落ち着くべきだと我は思うぞ」

「むうううっ!」

「うわあああっ!?」


 ――何だ? 何を揉めてるんだ?

 かしましい二人の少女の声に、硝子を割ったような乾いた音が重なる。


ッむ!?」


 押し寄せた冷気に思わず身体を抱え、起き上がる。


 ――目の前に、氷付けになった赤髪少女がいた。


(こ、これは……!?)


 呆然とするクラーロ。すると氷の中で少女が無理矢理身体を動かす。


「むうううおおおっ!」


 氷が弾け飛び、自由になる。ぜえはあと荒い息をしながら、彼女は怒声を上げた。


「死ぬかと思ったぞ!」


 俺に言われても。

 クラーロは思った。正直状況がまったく理解できない。


(確か、俺は龍に囲まれて意識を失ったはず。三〇分? それとも一時間? つか、この女は誰だ? まさか、さっきの赤龍か? こいつも人化して……そうだ)


「気絶してた銀髪の奴は!?」

「は、はい……私、です……」


 すぐ後ろから声がしてクラーロは振り返る。

 そこには助けた少女がうつむきながら手を上げていた。なぜか耳まで真っ赤にしていた。


「わ、私ったらまた癖で。この方の前で何て恥ずかしい真似を」


 癖?

 辺りを見回す。地面には薄らと霜が降りていた。まだ足下には冷気が残っている。

 まさか、これはコイツが?


「わふ……」

「フラッカ! 無事だったか」


 足許に寄ってきた召喚獣の頭を撫でる。フラッカはブルブルと身体を振って、付着した氷の粒を落とした。それからじっとりと、銀髪少女を睨む。


 ――まったく! この子のおかげでヒドイ目に遭った!


 そう言っている目だ。


 突然の冷気。

 龍人少女。


「もしかしてこの冷気は……お前の『魔法』か……?」


 クラーロがつぶやくと、銀髪少女はさらに申し訳なさそうにうつむいた。


 フラッカが服の裾を噛む。そのまま龍人少女たちから距離を取るようにクラーロを引っ張った。

 六歩分離れたところで、銀髪の龍人少女が意を決して言った。


「あの。身体は、大丈夫ですか? 突然意識を失ったので驚きました。それから……助けて頂いて、ありがとうございました」

「あ、ああ」


 クラーロは戸惑った。彼が持っている龍のイメージと違っていたからだ。

 龍は良くも悪くも誇り高く、堂々としているのが常。ともすれば威圧感を覚えるほど。それがクラーロの持つ龍のイメージだ。

 だが、この銀髪少女は大人しい子にしか見えない。


「こんな私みたいな龍を、助けて頂いて、本当にありがとうございました」


 気になる言い方だった。

 もう一人の龍人少女も口を開く。


「我からも、礼を言おう。スチサは私の一番の友。人間、お前がいなければ怪我をしていただろう。いかに屈強な龍の身体とはいえ、人の姿のままでは非力だからな」


 そして、赤髪の龍人少女は乾いた笑いを浮かべる。


「もっとも、怪我をしたところで我ら以外に気にかける者などいないだろうが」


 クラーロは、二人の龍人少女にこれまでの龍とは違う雰囲気を感じていた。

 それは彼女たちの目。

 何かを諦め、それでも空元気を振り絞るような、力のない瞳。

 放っておけない、と思い始める。


 彼自身もいわば落ちこぼれ。努力しても学園から認められないとき、鏡に映った自分の顔がまさに、今の彼女らとそっくりだった。

 よく見れば、彼女らは龍にしては痩せているように感じた。ちゃんと食べているのだろうか。ちゃんと眠れているのだろうか。


 放っておけない。

 クラーロの直感がそう訴える。


 同時に気付いた。自分は心のどこかでうんざりしていたのかもしれない。威圧的な龍たちと普通に接するようになるためだけに、血の滲むような努力と苦労を重ねることに。

 それが嫌で、それが馬鹿らしくて、龍と向き合うことを諦めていたのではないか? 龍が苦手になってしまったのではないか?


 しかし――彼女たちとなら。


 これまでの龍と違う雰囲気を持った彼女たちとなら、もっと正面から向き合うことができるのではないか。


 今、彼女たちとの距離はおおよそ六歩分。

 眠気は何とか耐えられるレベルだった。


「ごほん」


 咳払い。

 ここは基本に立ち返ろう。すなわち、『相手の話に耳を傾ける』のだ。

 いまだ気まずそうにたたずむ龍人少女たちに、できるだけ落ち着いた口調で話しかける。


「とりあえず、これも何かの縁だ。まずは自己紹介からさせてくれ。俺はクラーロ。王立レガール中央育成学園から来た。お前たちの名は?」

「あ、はい。スチサと申します」


 素直に答えた銀髪少女に対し、赤髪の龍人少女はどんな態度で名乗ればいいか迷っている様子だった。胸を張り、しっくり来なかったのかすぐに止めて、「ライナだ」と短く名乗った。


「スチサに、ライナだな。よろしく。まずは改めて俺からも礼を言わせてくれ。ぐっすり眠り込んじまった俺を介抱してくれたんだよな。ありがとう」

「いえ、そんなことは。ただ、いきなり深く寝入ってしまうなんて思わなくて……」

「ああ。俺の体質なんだ。恥ずかしい話だが、龍に近づきすぎるとああなっちまう」

「……そなた、そんな身体でよくこの山に入ろうと思ったな。しかも、身を挺してスチサを助けようなどと。死ぬぞ、早晩」


 赤髪の龍人少女――ライナがジト目になる。クラーロは大げさに肩をすくめて見せた。


「長生きする秘訣を誰か教えてもらえると助かるな」

「ふふっ」


 スチサが笑った。

 場の緊張が和らいできた。


(これなら大丈夫かもしれない)


 するとライナが、クラーロを指差して言った。


「そなた、どうやら服装だけでなく中身も変わっているようだな」

「そんなに変か、この格好。一応、冒険者御用達の信頼あるところから仕入れた逸品なん……だ、が……」


 クラーロは口元を引きつらせた。

 ライナが指を突きつけた姿勢のまま固まった。目線だけ隣の銀髪少女に向ける。


「スチサよ。違う。今のは違うぞ……」

「ライナちゃん。一度ならず二度までも……」

「いやだから! 我はそなたのことを言ったわけではなくて! あくまで! あくまであの人間の格好の奇妙さを指摘したまでで――」

「もおおおお、また言ったああああ!」


 次の瞬間――。

 スチサを中心にして周囲数メートルが凍り付いた。


 いつの間にか荷物を加えて戻ってきていたフラッカが、くちゅん、と可愛らしいくしゃみをする。


 クラーロは思った。


(あ、これはダメかもしれん)


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