2.落第者クラーロ


 龍が人の姿を取るようになって、一二〇〇年以上。


 ここは、龍人と人間が共存していくための知識や技術を学ぶレガール中央育成学園。

 日中、生徒の往来もある掲示板の前で、クラーロは立ち尽くしていた。


『第二級教育官追試験 結果

 受験番号〇〇一 クラーロ 不合格』


 大きな掲示板へ、たった二行、でかでかと刻まれた結果通知。

 クラーロは、卒業後に目指していた教師への第一歩を見事に踏み外した。


「はぁ……だよなあ」


 がっくりと肩を落とす。

 普通、こんな場所へ不合格通知なんて掲示しない。文字の刻み方も心なしか刺々しい。試験監督官の強い強い怒りの声をクラーロは聞いた気がした。

 お前、いい加減にしろよ――と。


 暦は三月。陽は高い。

 うららかな天気の下、陰気なオーラを放つ青年を周囲は腫れ物のように避けていく。


「よお、クラーロ。珍しくしょぼくれて、いつもの不機嫌そうな顔はどうした」


 後ろから肩を叩かれ、前につんのめる。振り返ると、友人の男性が二人、気安い笑みで立っていた。

 友人たちは掲示板を見て、「あー……」と全てを察した。


「まあ、元気出せ。お前は頑張ったよ。な?」

「んだんだ。クラーロ、見た目は怖ぇが、まあ良い奴だって知ってるからさ。気にすんな」


 慰めの言葉に、クラーロは少しだけ頬を緩めた。


「ありがとよ。悪ぃな。みっともないところを見せちまって」


 応える声に力はない。


 友人たちはクラーロの同期だ。皆、今年で十九。三人とも、このほど学園を卒業したばかりである。友人たちは早々に試験を突破し、来月から学園の教師研修生として次のステップを歩き始めることになっている。


 クラーロが目指していた道も同じだった。

 だが、彼だけがその道を踏み外したのだ。一歩目すら踏めず。


「どうしてこうなっちまったんだろうなあ」


 腕組みして天を仰ぐクラーロ。

 友人たちは顔を見合わせた。


「そりゃお前、自分で試験後に言ってたじゃん」

「筆記でも実技でも面接でも、試験官の目の前でしてたら試験も落ちるわな」

「ぐっ……! その通りだ」


 彼は言い返せなかった。全て紛うことなき事実だからである。


 クラーロの抱える大きな欠点――それは『龍と接していると強烈な睡魔に襲われる』という体質だった。


 もちろん、対策はした。事前の睡眠調整、合格ライン以上の習得、眠気覚ましの飲み物、果ては強化魔術まで――考えられるだけの手は打った。


 それでもクラーロは睡魔に勝てなかった。


 受ける科目受ける科目、ことごとく眠る。

 掲示板の結果通知から伝わる学園側の怒りは、そこから来ている。


 友人たちはクラーロの額を指で突いた。


「これを期に、眉間に皺寄せるのやめてみろよ。そしたらちっとは楽になるかもだぜ」

「ああ、そうだな……努力するよ」

「努力ね。それだよそれ。その無駄にクソ真面目なところを変えたらどうだってことさ。ま、そこがお前の良いところでもあるけど。いつもの反骨心、見せてくれよ。そうやってお前はこれまでやってきたじゃねえか」

「ふん。じゃあ今に見てろ。絶対に貴様らに追いついてやる」

「お、その意気だ。頑張れよ、クラーロ」

「おう」


 友人たちと別れたクラーロは、中庭をひとり歩いた。

 手のひらで顔を撫でる。


 不機嫌な表情、眉間の皺――睡魔を我慢するために顔に力を入れ続けた結果、クセになってしまったのだ。おかげで初対面の人間にはまず怖がられる。ましてや龍に対しては印象最悪だ。

 長く付き合えば、友人たちのような評価に落ち着いてくれるのだが。


 自覚はある。自分はダメな側の人間だと。

 クラーロは落ち込んでいた。


「本当に合ってんのか。俺に、教師なんて」


 こう思ったことは一度や二度ではない。

 彼が卒業まで踏ん張ることができたのは、ひとえに、育ての親の言葉があったからだ。



『龍と接する時間を増やしていけば、いずれ体質を克服できる。それにあなたの心根は、教師に向いているわ』



「ルサイアさん……」


 ――クラーロは孤児だった。いつ、どこで、どんな両親の元に生まれたか、まったく記憶がない。

 物心ついたときから、彼の保護者はルサイアひとりだった。


 彼女はこのレガール中央育成学園の特級教師でもある。クラーロにとってルサイアは、育ての親でもあり恩師でもあるのだ。

 そんな彼女の言葉を信じ、支えにして、これまで何とか頑張ってきた。

 けれどさすがに、最近は自信が持てなくなっていた。


 龍が憎いわけじゃない。

 この厄介な体質を克服したかった。


 だが、もう――。


 とぼとぼ歩いていると、さらに重大なことに思い至る。


「そういえば、不合格だったら寮も出なきゃいけねえのでは?」


 クラーロは学園の卒業生。資格を取れず、教師にもなれないのならば、それはもう単なる部外者である。

 思わず足が止まり、近くの壁に背を預ける。頭蓋の中に鉛でも入ったような感覚だった。


 そのときだ。

 クラーロの肩に一羽の鳩が舞い降りてきた。ただの鳩ではない。全身がうっすらと輝いている。

 光は魔力。この鳩は、人間の魔術で生み出された召喚獣である。


 召喚系や強化系を扱う『魔術』は人間の得意分野。一方で、四大元素を操る『魔法』は龍の得意分野である。人と龍は、お互いの得意分野を活かして敵を打ち倒してきた歴史を持つ。


 伝令役の召喚獣は、クラーロの耳元で鈴を鳴らすような声を出した。


『クラーロ。私よ。悪いけど、教室まで来てちょうだい』


 クラーロにそう伝言してくる人物は、一人しかいない。

 育ての親であり恩師、ルサイアである。


 クラーロはひとつ息を吐くと、背筋を伸ばした。


「伝えなきゃな。もう限界だって」


 これ以上、尊敬する人の顔に泥を塗り続けるわけにはいかない。

 クラーロはルサイア教室へと向かった。


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