幸せ色を食べる

芦屋奏多

幸せ色を食べる


 今年四歳になる娘の瑞稀を連れて買い物に出かける。

「瑞稀、ちゃんと手を繋いでないと危ないだろう」

 瑞稀は両手を広げ飛行機の真似をし、僕の前を歩いていく。

 きっと僕の口元は綻んでいるだろう。

 毎週土曜日になると、こうやって二人で買い物に出かける。

 この日課はずっとは続かない。

 だけど、僕にとっては大切なひと時でもあった。

「ブーン」

 瑞稀の口が飛行機のエンジンをふかす。

 白線から落ちないように、走る。

 そういえば、こういう遊びを僕も小さな頃にしていた。

 年月が経ってもこういう部分は変わらないのだろう。


 土曜日の午前は、程よく活気に満ちていて、行く道の途中で何人もの人とすれ違う。

 人付き合いの苦手な方だけれど、すれ違う隣人に会釈をする。

「あらあら、瑞稀ちゃん。お父さんとお買い物?」

「うん。パパだけじゃ頼りないんだもん。だから、付き合ってあげてるの」

「あらあら、まあ。偉いわねー。すっかりお姉ちゃんね」

「うん!」

 瑞稀は快活に応える。僕は何度も会釈をしてその場から離れた。

 すると、前を行く瑞稀が振り返った。

「パパ、ちゃんとしてよね。恥ずかしいじゃない」

 娘に諭されている僕は苦笑いをするしかなかった。

「そうだね、瑞稀がしっかりものでパパは嬉しいよ」

 瑞稀の頭を撫でる。喜びを見せたくないのか、口をしっかりと結びくるりと前をむく。

「わかってるなら良いのよ」

 そう言うと、瑞稀はまた前を歩く。


 今度はマンホールを見つけると踏む遊びを始めたらしく、大股でマンホールへと歩を進める。

「瑞稀、あんまり遠くに行くなよ」

「わかってるもん!」

 そう言いながら、マンホールを目指す。

「瑞稀! 危ない!」

 交差点のマンホールへと進めていた瑞稀を、後ろから抱えた。

 目の前の信号機は赤になっていた。

「瑞稀……、よかった……」

 こういう時も、自分の情けなさが現れる。

 けれど、瑞稀は僕の腕の中でボロボロと涙を流していた。

「パパー、怖かったよー」

 顔をぐしゃぐしゃにしながら泣く瑞稀に、少しホッとしていた。

「瑞稀」

「うん」

 瑞稀は怒られると思っているのか、ぐっと目を瞑りはっきりと返事をした。

「パパと手を繋ごう」

 瑞稀の表情が晴れやかになっていった。

「うん!」

 ウキウキとはする瑞稀と手を繋ぎながら、スーパーへと向かった。


 スーパーに着くと、瑞稀はカップラーメンのコーナーへと真っ先に向かった。

「パパ! これが良い!」

 瑞稀が指差す商品を手に取る。

「赤いきつねと緑のたぬきか……」

 瑞稀が大好きなカップラーメンだ。

 瑞稀は「そうそう!」と興奮気味に言う。

「瑞稀は、どっちがいい?」

「んーとね……、緑と、緑と、……赤!」

 瑞稀は元気に応えた。

 カゴに赤いきつねと緑のたぬきを入れると、会計に向かった。

 会計を済ませると、持参してきたレジ袋に入れた。

「瑞稀が持つー!」

 瑞稀は僕の持っているレジ袋を引っ張っていた。

「はいはい、わかりました。お願いします」

「わかればいいのよ」

 にっこりと笑顔を浮かべながら、胸を張る。

 スーパーを出ると、先ほど飛び出しそうになった交差点に着く。

「瑞稀はお姉さんだから、わかってるんだもん」

 まだ何も言っていないのに言い訳を独り言のように言う。

「そうだな。でも、手は繋ごうか」

「うん……。で、でも、瑞稀はお姉さんだから……」

 僕の手を掴もうとしていた右手を引っ込める。

「大丈夫。瑞稀はちゃんとお姉さんだよ。こうやって信号が赤の時は止まる。ちゃんと出来ているじゃないか。それよりも、早く帰ろうな。きっと楽しみに待ってるぞー」

「うん! 早く帰る!」

 先ほど通った道を歩く。

 瑞稀はこうやって少しずつ成長していくのだと感じていた。

 そんな考えをしている自分も随分歳を取ったのだと感じていた。


「ただいまー!」

 自宅に着くと、瑞稀は元気に玄関をくぐる。

「おかえりー。あらー、瑞稀。今日は何を買って来てくれたのかな?」

「あのね、瑞稀はお姉さんだから、ちゃんと持ってきたの」

「あら、偉いわねー。じゃあ、今日は瑞稀の大好きな赤いきつねにしようか?」

 すると、瑞稀は首をブンブンと振った。

「違うのー! 赤はママのなの」

 首を傾げる僕に妻も不思議そうだった。

「どうして? 瑞稀、きつねさんが好きじゃなかったの?」

 瑞稀は両の手の指をくるくるといじる。恥ずかしいことがあると、この癖が出てしまう。

「赤は、赤ちゃんの赤なの! だから、赤はママの」

 瑞稀はママのお腹を撫でる。愛おしそうに、宝物のように撫でた。

「そっか。瑞稀はお姉さんだもんな。偉いな」

 不意に誉められたのが嬉しかったのか恥ずかしかったのか、また指をいじる。

 僕と瑞稀は、ポットのお湯を注ぎ、テーブルで時間を待つ。

 三分経つと蓋を開け、麺を啜る。

「瑞稀の買って来てくれたうどん、美味しい」

 瑞稀は「えへへ」と頭を掻く。

「瑞稀もあんまり食べたことなかったけど、緑も美味しいー」

 今日も家族四人で、幸せを食べた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せ色を食べる 芦屋奏多 @yukitotaiyonohi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ