二十【刺繍】(2021/12/20)

「タンザ! ただいま帰りました」

「うん、お帰り」


 タンザが家の戸口から顔を出したところ、ちょうどシュリンが道向こうから帰ってきたところだった。

 朝早くからユノについて祭市の店番の手伝いに出ていたシュリンは、昼過ぎに店先に顔をだしたノーエとルーに誘われ遊びに行ったと、さっき母から聞いていた。

 辺りはすっかり夕暮れの気配が色濃い。

 思ったよりも遅く帰ってきたところみると、双子と一緒になって時間を忘れていたのだろう。


「あれ、シュリン。それどうしたの?」


 タンザは、シュリンが胸元で握りしめていた見慣れない白布に目を留め、聞いた。

 シュリンは嬉しそうに白布を広げてみせる。

 ぱっと開かれた白布の上を、赤い糸が数本ゆらゆら幾度も蛇行しながら進んでいる。

 多分、刺繍遊びだろうというのはわかるが、どういう意図をもって縫われているのか、タンザにはさっぱり見当がつかなかった。

 なんだろうこれ、とタンザは固まる。


「ノーエちゃんと、ルーちゃんが、教えてくれました」

「……上手にできたね??」

「はい。龍ができました」

「あぁ、なるほどね。龍か。……いや、えっ、龍だよね。うんうん、龍にしか見なかったなぁ?」

「ユノさんが上手だから見てもらうといいよ、とノーエちゃんとルーちゃんが言っていました。だから、あの、ユノさん……もう帰っていますか?」

「うん。持っといで、シュリンちゃん。見てあげる」


 家の中を覗き込んだシュリンは、台所に続く戸に背を預け芋の皮むきをしていたユノに優しく手招かれ、顔を明るくする。

 もどかしげに靴を脱ぎ、そのまままっすぐユノの元へ向かおうとしたシュリンは急にぴたと足を止めた。

 じりじり右横に逸れ、部屋の隅を大回りして、ユノの元へとてとてと足早に向かう。


(い、今の見た!?)


 タンザが思わず家の中にいる母に目を走らせれば、ユノが勢いよく頷き返してきた。

 ユノは腕を広げて、走り寄ってきたシュリンを抱きとめる。

 かわいさを噛み締めているらしい母は、抱き寄せたシュリンの頭頂に頬擦りした。

 ぱっとユノから身体を離し、問題がないかまじまじと確かめだしたシュリンに、ユノは「大丈夫だよ」と声をかけ、シュリンの腕をさすってやった。

 見せてごらん、とユノはシュリンから受け取った白布を膝に広げ、目を通す。


「いやぁ、すっかり嫌われてるなぁ」


 居候の少女にあからさまに大回りして避けられたクマは、妻と息子のやりとりを見ながら、のんびりと笑った。



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