七【昔語り】(2021/12/07)
祖母の話の半分もタンザには理解できやしなかった。
それでも話が進むに連れ、小柄な少女のまるい肩が次第に強張っていくのが、傍目のタンザからも見てとれた。
壊れるって、人柱ってなんだ、と問いただしたくなり、それでも母も自分もそうできなかったのは、グーナが『口を挟むな』と目線でタンザたちに鋭く言い含めたからだ。
ひょうきんな祖母のグーナは、“ここらで一番の占者の愛弟子だった”とことあるごとに吹聴する割に、占いの類は三十に一度しか当たらないことで、よくも悪くも有名な占者だ。
それでもグーナをタンザとユノが頼ったのは、少女が気にしていた前王朝が滅びた頃に、祖母がこの旧都にいたらしいことを知っていたし、三十に一度当たる彼女の占いが、あきらかにインチキの
ほとんど外してみせるくせに、まるでこの世のすべてを見通しているように妙な気迫を持つことがグーナにはあった。
耐えかねた母のユノが少女の身をとうとう後ろから抱きしめた時、当の少女自身はひどく色をなくしていることにすら気づいていなかったのではないかとタンザは思う。
「あんたの王朝が滅びた頃の話をしようか」
グーナは言った。
「と言っても、あたしが五つだった頃の話だ。あたしに起こったことしか話してやれることはないけどね」
理解しているのかいないのか、少女はユノの胸元に頭を預けたまま、新雪のようにまっさらな黒目で、昔を語るグーナの皺がれた口元をじっと見つめていた。
「あたしのお師匠様は旅回りの占者だった。辺りでそれは有名でね、当時の王に招かれて、あんたの宮城に行ったんだよ。
その当時はもう宝珠は——あんたは伝説や神話の類だった。
この辺りじゃ、みんな知ってる話のようだったけどね。
どこにあるのか、どんな祭事をおこなったのか、そもそも本当にそんなことがあったのか、詳しいことは何一つ伝わっていなかった。
だからあたしらの世話をしてくれた宮城の侍女からその話を聞いた時、宮城にある宝珠が王朝全土を守っているなんて、国や王族が自分の先祖につけたがる箔のようなもんだと、あたしも兄弟弟子たちも思っていたよ。
タンザが見た、あんたがいたっていう銀のご神樹には、思い当たるもんがある。
タンザが言ったのと同じ銀の大樹は、確かに宮城の奥の間にあったから多分あれだろう。
神の樹だと言われて納得の神々しさだったからよく覚えてる。
ただ、その樹には洞なんてあいてやしなかったはずだ。
少なくとも、宝珠と呼ばれる類の石や、あんたみたいにかわいい女の子は、樹の近くでは見てないね」
けどね、あんたを見て思い出した、とグーナ婆は膝掛けの織布の上から膝をさすった。
「そういえばあん時、お師匠様が言っていた。不思議な気配がするって。ご神樹なんて、だいたいその樹の
グーナは車椅子に深く腰掛け息をついた。
「そんでね。あんたの王朝が都をここから
「は?」
驚いたタンザは思わず声をあげた。
ここらの年寄りが語る宝珠と前王朝の昔話は聞いたことはあっても、祖母がその中心の只中にいたなど完全に寝耳に水だ。
「どういうこと? グーナ婆、そんなん今まで一回も言ってなかっただろ」
「ここらで一番の占者の愛弟子だといつも言っとっただろ」
「そんなんでわかるわけないだろ」
ふん、とグーナは、鋭くタンザを睨んだ。
「なぁんで大した理由もなく、あたしとトゥーの大事な
「はぁ? なんでじいちゃん?」
そもそもどうして祖父母の
「だいたいじいちゃん、グーナ婆に脅されたって聞いたけど」
五歳のグーナに、と言っていたので、歳の頃合いとしては前王朝が滅んだ時期と相違なさそうではあるものの、げっそり語っていた亡き祖父の顔が頭にちらついた。
「そんなん照れ隠しに決まっとるだろ」
「いやぁ、全然そんな感じじゃなかったけど……?」
「あぁもう、うるさいね。いちいち話の腰を折るんじゃないよ!」
怖い顔をしたグーナは、車椅子に括りつけていた木杖を、さっと抜き取ると、車輪をカカカと乱暴に叩いた。
「本当にあんたは図体ばっかりでっかくなって、相手の話の一つも最後までろくに聞けやしないから、嫁の来手どころか、彼女すらできんのだよ」
「それ今関係なくない!?」
「黙りんしゃい!」
とにかく、とグーナはびしりと木杖で床をついた。
「“セイナル山の北にあるツリィの土地を治めたものが、今後千年この辺りの覇者になる”と、あたしのお師匠様は王様に言った。それを聞いた前王朝の王様はその年のうちに急いでツリィへ都を移したんだよ」
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