ろく【庭】(2021/12/06)
「おや、たまげた。これは本当にかわいいねぇ」
これじゃぁユノもタンザも家に置いちまうねぇ、とグーナ婆とタンザが呼んだその人は、動く木椅子に乗ってこの家にやってくるなり、わたしの顔を皺ばかりの茶けた両手で包み込んで言った。
透明な琥珀石の目が、真正面からわたしを覗き込んでくる。奥の底まで見通すように、澄んだ眼差しがわたしを映して光を孕む。
しゃら、と鳴った彼女の手首に連なる飾りの澄んだ音は、神樹の枝が震わす音によく似ていた。
間違いないね、とその人は、わたしの顔を離さぬまま言った。
「宝珠と言われていたのは、この子自身のことだろう」
「確かなんです? お義母さん」
「ここらで一番の占者の愛弟子だったあたしの言うことに間違いはないよ」
「……グーナ婆、いつもそう言うけどさ。占者の愛弟子だったくせに相手のヤバさを見抜けず詐欺にあってちゃ意味なくない?」
「お義母さんの支払いにまわしちゃったせいで、親戚の誰からも貸してやれるお金がないって泣いて謝られましたよ」
タンザとユノさんがわたしの後ろで口々に言うと、その人は皺ごと眉を寄せて咳払いをした。
そりゃぁ、あたしも年端のいかないかわいい盛りの頃だったけどね、と続けた彼女の声に重なって、二つの溜息が聞こえてくる。
「お師匠様について見たことがあるよ。この子の着物は、前王朝の宮城に出入りしていた巫女のものによく似てる。あんたが一緒になったのはご神樹だったんだろう?」
はい、と頷いたわたしの声に重ねて「銀色の大きな樹の洞の中にいた」とタンザが言った。
「そうかい」
わたしの両耳が、やわと両手で塞がれる。けれども、わたしに聞かせない気があったわけではなかったのだと思う。
——人柱みたいなもんだよ。
——王朝を守るためだけに必要だった子だ。
声を落としてタンザとユノさんにやさしく言ったグーナお婆様の声は、耳を塞ぐやわらかい掌の血潮の音と共にわたしの元にもしゃらりしゃらりと確かに届いた。
人柱みたいなものだ、と恨めしそうに吐き捨てて、無力を嘆いたあなたの言葉と相違はなかったので、その言い分を新鮮に感じはしなかった。
せめてわたしの慰めに、と言って。
浅葱色をした絹の着物に、わたしがよく眺めていた庭と同じ木々を、金の糸と銀の糸であしらい揃えた、あなたの国をわたしは乞われた通りには正しく守れはしなかったのだろうか。
わたしの両耳を塞いでみせるグーナお婆様の手の甲に、わたしは手を添える。
「グーナお婆様?」
「やめとくれ。グーナ婆でいいよ」
グーナ婆、と言い直せば、タンザと同じように「何だい」とグーナ婆はわたしに聞いた。
「おかしいのです。あの方の国は六十年も前に滅んだとタンザが言いました」
「あぁ。おかしいねぇ。本来、守りの要であるあんたは、とっくに王朝と同じ運命を辿って壊れていてもおかしくないはずだ。なのに、六十年もたってひょっこり外に出された上、どこも壊れず五体満足でここにいる」
「はい」
「王朝が滅びる前に、彼らがこの地を離れたことは聞いたかい?」
「はい」
「けど、あんたは何も気づきやしなかったんだね?」
「はい」
肯定すれば、グーナ婆はふぅんと唸って、わたしから両手を離した。
壊れるって何、と聞こえてきたひくい声が硬質な音を立てて耳朶を叩く。
「王朝の中心が自らここを離れたのが幸いしたか、よほどあんたと神さんの相性がよかったのか、あるいは悪かったのか、それともよほど深く隠されていたか、そのすべてか」
あんたよくこの子を見つけたげたねぇ、とグーナ婆がひとつふたつと歯の抜けた口を広げて笑った。
タンザに返してもらった四つの簪が、わたしの襟の内側でりんと鳴る。
グーナ婆の言葉に心当たりがあった。
ひとつふたつ、みっつよっつ、とわたしの髪に簪を挿して。
——誰にも何にも渡さぬと。
明晰であったあなたが。
いつまでも姿形を変えぬわたしを訪ねては、いつも変わらず外の様子を話し聞かせてくれたあなたが。
さいごに会った時には、ひどく昏い顔に皺を刻んで、深い深い眠りの
それでも、守りに綻びはなかったはず。
あなたがはじめに神に乞うた王朝の安寧と繁栄を願う守りに支障は、なかったはず。
「いくら考えたって過ぎたことはわからんよ。それでも真実あんたは今、ここにいるんだ」
穏やかにわたしの腕を叩いて、グーナ婆が言った。
気づけばわたしはユノさんのやわらかい胸の内に背中から抱きしめられていた。
隣でタンザがひどい顔で、グーナ婆を睨んでいた。
わたしを見つめるグーナ婆の琥珀石の目がたんと光を閃かせる。
「あんたがいたから、ここは無事だったのかもしれないねぇ。だとしたら、あんたはあたしの恩人だ」
あんたの王朝が滅びた頃の話をしようか、とグーナ婆は歯抜けの口を広げて言った。
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