はち【森】(2021/12/08)

「グーナ婆の足が動かないのはその方の占に、まつわる結果ですか?」


 わたしが尋ねると、グーナ婆は木杖のに両手を重ねて「そうだ」と頷いた。


「タンザがつくってくれたがあるから、今じゃそんな困らんけどね」


 動く木椅子を撫でて、グーナ婆は笑った。


「ツリィの都市まちは元々王族の避暑地だったそうで、形だけなら移るのは案外容易かったようだよ。

 王様はそりゃいたく喜んで、とにかく急いでいたからね。足りない部分はおいおい作ればよいと思ってたんだろ。

 お師匠様とあたしらは、王朝が都を移した頃には、またいつもの旅に戻っていたけど、それは美しい湖畔の都になるだろうと、行く先々で噂を聞いたよ。


 けど、三月みつきもたたないうちに、隣国が攻めてきた。辛うじて押し返しはしたものの、軍の指揮をとっていた王様が死んじまった。

 次の月には、跡目を巡って一と二の王子と、それから死んだ王の弟だった彼らの叔父が争って、結局三人とも死んじまった。


 占者に騙された、あれは自分たちを罠にかける間者だったのだ、と王位を継いだ三の王子がそう言って、嘘の占を告げた占者を捕まえるよう触れを出した。

 あたしらだけじゃなく国中の占者を捕まえるよう、三の王子だった王は言った。


 それで、あたしらのお師匠様は捕まって死んじまった。

 あたしと、あたしの兄弟弟子もみぃんな捕まって、棒叩きの刑にあった。

 間違っても逃げないように、足はことさら叩かれたよ。


 むしろに巻かれて、みんなと一緒に道に放り出された時、生きているのは、あたしだけだった。

 あたしは他のみんなと比べてまだ随分と小さかったから、憐れに思った刑史がいくらか手を抜いてしまったのかもしれないね」


 トゥーに会ったのはそん時だよ、とグーナ婆は言った。

 タンザが言っていたのと照らし合わせて「トゥーお爺様?」とわたしが口に出すと、すぐさま「やめてやんな。トゥー爺か、じいちゃんで結構」とグーナ婆が皺ごと眉を寄せた。


「トゥー爺?」

「そうだ。トゥーは、刑場のあった都市まちの衛士をしてたんだけど、あたしを見つけて抱えて逃げてくれたんだよ。顔もそれなりだし、上背もなかったけどね、それはもう勇ましくって、格好がよかったんだよ。


 さすがに王殺しの占者の弟子の死体がひとつでもなくなったら面目が立たないからね。

 あたしらはやたらと追いかけられて、あたしはとうとうここまで戻ってきた。

 旧都ここまで辿り着いて、追手がぱったり止んだのは、また隣国が攻めてきたせいだ。


 事前に不穏な噂を聞いていた者もいたんだろう。

 ツリィの新都についていったはずの人らも、あたしらより先に、ちらほら旧都に戻ってきていたようだった。


 隣国の軍はこの近くの国境からも入って来て、本当に旧都を囲む壁のすぐ近くまで来たんだ。

 怪我でしきりに痛む身体と、軍に指示を出す太鼓や壁を壊す音に、怯えるあたしを抱きしめてくれたトゥーはそれはそれは優しかったよ。


 そうしているうちに、とうとうツリィの都が隣国の手に落ちて、王は死んで、あんたの王朝は滅びた。

 あん時、攻めてきた隣国が、この地をまとめにかかり、今、この国になった。

 不思議なことにそれまでの間、この場所は一度も災禍に見舞われなかった。

 他の大きな都市まちは、次々陥ちたと聞いたのにね。


 そうして、そん時にはもう、宮城があった場所は深い森に囲われていた。

 もうあの煌びやかな宮城がどこにあったか知れないくらいの、深い森になっていた。

 みんな、神に捧げられた守りの宝珠の話を知っていたからね。

 前王朝の不幸は、神への祈りを忘れた王に対する宝珠の祟りとも言われたよ」


 でもあんたちっとも気づいていなかったんなら祟りようがないね、とグーナ婆はひとつふたつ歯の抜けた口元を広げた。


「だから、あんたは知らずに守り続けてくれたんだろ。きっとそのおかげで、少なくともここは助かった」


 それにお師匠様が言っていたからね、とグーナ婆は、琥珀石の目に淡く光を滲ませる。

 それはもう遠い遠い昔、はじめて踏み入れた樹洞の内を満たしていた光の色によく似ていた。 


「ツリィの土地を新都に抱く今のこの国の王朝は、間違いなくあと九百四十年は続くよ。あんたの王朝も、確かになくなってしまったことだしね。だから、もうここは、あんたが守ってやらんでも、平気だよ。せっかく外に出れたんだ。こっから先は自分のことだけ考えな」

「わたしの?」

「そう、あんたの」


 まぁ、あんたが拾われた家は当たりかどうか微妙なとこだけどねぇ、と高らかに笑ったグーナ婆に遅れて、近くでタンザとユノさんが呻いた。


「見つけてもらって、命があって、儲けたね。あんたも、あたしも」

「儲け、ましたか?」

「ああ。儲けたさ」


 グーナ婆は力強くわたしに頷いて。

 ユノさんはなおのこと優しく、わたしを抱きしめた。


「幸せにおなり」


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