第9話

「いやいや行けるから!やる前から諦めないで!もう一度やるよ?」

 

 僕は一人マイクに向かって喋り、マウスを動かす。


「まずワイヤーを相手につけて……」

 

 僕は毎日のように配信している【エスプリ】を今日もしこしこ配信していた。

 今日やっているのは、エスプリに君臨する一人の絶対王者『マーリン』の使用キャラであるワイヤーアクションの子の使い方を一生懸命説明していた。

 まぁ画面に映るコメントでは

 ちなみに画面に映っているコメントは動画投稿サイトのものではなく、エスプリのゲームに元々あるものだ。

 

「どうよ?こんな感じなんだけど」

 

 僕はすべてを説明し終え、自信満々に告げる。

 だがしかし、コメントは絶対に不可能と言う文字。

 ちなみに、僕もかなり長い時間配信をしているので、慣れてきた人が多いのか、コメントが消滅したり、『好き』とか『愛している』とかで埋まるようなことも無くなってきた。


「えー。一生懸命説明したのに」

 

 僕は不満げに言葉を漏らす。


「仕方ない……じゃあこいつは諦めて新しく追加されたほうにしようか」

 

 僕はマウスを操作し、キャラクターを変更する画面へと切り替える。


「キャラ変えて、装備変えてー」

 

 僕は慣れた手付きでちゃっちゃと変更していく。


「あー」

 

 変更を終えたところで僕は背筋を伸ばす。

 そして、ふと周りを見渡す。

 ……誰もいない部屋。

 響くのはマウスのクリック音と僕の声のみ。

 やべぇ。虚しぃ。コメント欄はとんでもないくらい高速で動くから何もわからないから余計に。

 

「ん」

 

 僕は気分を切り替えてパソコンに向き直る。

 やっている以上完璧にやらないと。

 

 ■■■■■

 

「あー、終わったぁー」

 

 ギシッ

 

 僕は自分の背筋を大きく伸ばす。

 

「ふぇー」

 

 配信を終了させるのにも慣れたものだ。

 和葉から特殊なことをしない普通の配信であれば一人で配信をしても許されるくらいには慣れたのだ。


「んしょ」

 

 僕は少し離れた場所に置いてあるスマホに手を伸ばす。

 明日のイベントの告知をしなけれ……ばなら、ない……。


「……」

 

 僕は自分の手を止める。伸ばす。ほんの少し。後少し手を伸ばすだけで届く。……届くんだけど……。


「はぁー」

 

 僕は深い深い溜め息を吐く。

 その少しを伸ばすのが辛い。果てしなく遠い。

 

「嫌だなぁ」

 

 僕は心の底からの嘆きを上げる。

 明日のイベント。それはリアイベなのだ。

 ……こう、流石にリアイベとなると怖いし……抵抗感を捨てられない。思い出されるは幼少期の記憶。

 婚活パーティーのときもあったし、僕の心は強くなっていると思うんだけど……。

 はぁー。

 

 僕が行きたいリアイベはこんなんじゃないよー!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る