『見立て』の弱点

「……それで、どうすると言うのです?」

『藤原得子』は、じっとわたしを見た。

「現実世界の八蝶さまは、蛸神と融合しました。八蝶さまに自意識はなく、蛸神は数十秒ごとに市街に向けて触手を叩きつけます」

「自意識は消えていても、わたしの『蜘蛛』の特性は残っているんでしょう? 予言で『蛸神』って言えばいいものの、『女の蜘蛛』ってわざわざ言うんだから」


 わたしを吸収することが前提であった以上、あの言い回しは、女の(土)蜘蛛、という意味でもあったはずだ。


「つまり、わたしの『土蜘蛛八十女』としての力は残っている。その能力はこちらじゃ使えない?」

「……よろしいでしょう。『土蜘蛛八十女』に関する能力を使うことを、許可します。ただし、攻撃しない、というコマンドは許しません。また、自滅することも許しません」



『藤原得子』の言葉に、わかった、とわたしは返す。


『外』へ来て、そして『藤原得子』のこの言葉で確信した。これはゲームだ。クトゥルフに関するゲームと言ったら、アレが最初に思いつくだろう。トークしながらプレイする奴。そもそもこの時代の日本にクトゥルフを広めたのは、あのゲームだし。

『藤原得子』はゲームを行う上でのホストであり、『玉藻の前』というNPCを動かす。わたしはキャラクターを乗っ取られたプレイヤー、というところか。

 ……『玉藻の前』と言いクトゥルフと言い、人間は恐怖の対象ですら、『娯楽』として搾取する。楽しんでいたものに逆襲されるなんて、思ってもいない。ある意味娯楽から生まれた『玉藻の前』が、娯楽によって生まれた『クトゥルフ』を使ったのは、人類への逆襲と言っていいだろう。

 なら、わたしの取るべき行動は――








「燃えます」

「…………はい?」


          ■


「…………は⁉」



『玉藻の前』が、信じられない、というよりかは、この異常事態に酷く狼狽しているのがわかる。

 焼き付けるような熱と押し返すような爆風を背中に感じ、慌てて後ろを振り向くと、



 市街を守る見えない壁を叩きつける、巨大な蛸が燃えていた。

 燃えていたと言っても、姿の原型ははっきりと見えるから、寧ろ炎と爆風を纏っていると言うべきか。

 その姿は、まるで――





「……たこ焼き、だな」


 蛸の丸焼きだ。



          ■



 目の前で、テーブルに突っ伏して頭を抱えている姫がいる。

「…………弁明はありますか」

 なんとか絞り出したその言葉に、わたしは満面の笑みで答えた。


「クトゥルフと言ったら、爆発でしょう?

 大丈夫、大概の問題は有機物です。燃やせます」

わたくし、自滅行為は許しませんと言ったはずですが⁉ 海の上で燃えるなんて、属性の相性的にもおかしいですわよね⁉」

「いやー、これはちゃんと、土蜘蛛八十女の伝承にのっとった能力なんですよねえー」



 わたしが土蜘蛛八十女と契約した場所ではないが、同じく土蜘蛛八十女を由来とした地名がある。



 ――景行天皇が侵略すると聞いた土蜘蛛八十女たちは、ひそかに船を出して奇襲をかけようとした。しかし裏をかかれ、船に火をつけられてしまう。

 その時、南風が激しく吹いて辺りは火の海に。生き残った土蜘蛛八十女は存在しなかった。これを見た天皇の従者が、『風が吹くも吹かぬも天皇の心次第』と詠ったことにより『吹母ふくも』、転じて『福母ふくも』と言われるようになったとさ。     【大町町史参考】




「この伝承を積極的に使うのは自爆かもしれませんけど、爆発に強そうなクトゥルフと融合しているんだから、自滅には至らないでしょう多分。今だから使える期間限定技!」

「そういう話ではございません!」

 ダン! と、『藤原得子』がテーブルを叩きつける。少しだけ紅茶が宙を舞った。

「今まで散々シリアスやっておいて、爆発オチとかサイテーですわよ⁉ こんな色々と台無しにするシナリオ、読者様が許すはずがない――」



「何言ってるんですか。最初から読者様にはずっと言ってますよ? 、『。皆さん承知の上で、これを読んでいるんです。


 だったらわたしは、主人公として! ウケ狙いルーニープレイを徹底しますとも!」



「メタ発言にもほどがある!!」


 メタ発言はお互い様じゃないだろうか。というのは置いておいて。

 確かに、ゲームならホストが納得しないキャラ設定やプレイなど却下される。

 だがここは、『外』の世界だ。『藍田八蝶』と『藤原得子』は対等であり、お互いの主導権を握ることは出来ない。キャラクターが乗っ取られたと言っても、、であり、八蝶わたしを動かす主導権は、未だに『藍田八蝶』にある。蛸神を消したり、『見立て』を解除できたりはしないけど、八蝶にいたってはなんでも通るのだ。

 だから『藤原得子』も条件をつけて、土蜘蛛八十女の能力に制限をかけたわけだし。制限、なんの意味もなさなかったけど。



「真面目な話、そもそもわたしの『見立て』で蛸を邪神にしちゃったから、残った『観測者』にでっかいインパクトを与えて、その『見立て』を塗り替えてしまえばいいんです。ケイが『燃えている蛸』を見て『たこ焼き』を連想してしまった以上、あれは邪神ではありません」

「う……ざるにもほどがあるのに正論なのが許せません……」


 本気で悔しそうにする『藤原得子』。

 そもそも、八蝶わたしだけを『観測者』にしたのが失敗だ。最初から一般市民の人を巻き込んで目の前でやれば、多くの人が発狂して、『見立て』を塗り替える手は使えなかった。だがそうすると、折口信夫が唱えた『棚機津女』の伝承と、この地に伝えられた蛸神の伝承、海底に沈んだ『瓜生島』の伝説と折り合いがつかなかったのだろう。『玉藻の前』が凝り性だったからこそ、生まれた隙である。



「……ですが、蛸は平気でも、あの炎と爆風じゃ、そのうち結界が破られるのではないですか? 市街は一瞬で火の海になりますわよ?」

「まあ、そこんところは信じてます」そろそろ、が動き出すだろうし。じゃないと、本気で出番がないぞ。

 それに蛸神を退治する術も、思いついたところだ。


 わたしは、彼女に尋ねる。



「――ところで。別府温泉に祀られている神様って、なんの神様かご存じですか?」




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