幕間 妖狐は見下ろして嗤う
「おや、バレましたか」
ダイヤのようなジュエリーが付けられた、しずく型のイヤリングは、実はワイヤレスイヤホンだ。そこから流れる音声を聞いて、妖狐は呟いた。
琥珀色のライトに照らされた店内。棚に並べられた酒のラベルがよく見えるカウンターには、妖狐しかいなかった。
蜜のような色の酒が注がれたロックグラスには、雪だるまのような白い氷が、ぷっかり浮かんでいる。店内の光を、グラスの縁が鋭く弾いた。
――正体をバラすために登場を見計らったわけですから、気づいて貰わなきゃ困りますけど。
八蝶の推理は、弁論の才に満ちた妖狐にとっては好ましいものだった。
人を納得させるには、感情と理論が必要だ。弁論を行う際、現代社会で生きる人間は「感情」を軽視する傾向にあるが(「感情」の価値を「愚か」だと軽視するだけで、本人が「感情的ではない」訳では無い)、
やや感情に偏っており、冷静さを欠きやすいが、視点は悪くない。感情も理論も大成すれば、どんな人間にも渡り合えるだろう。
だが、妖狐にとってこの状況には不満があった。
――わたくしはあくまで
「臨機応変ってイライラしますねぇ」
「おや。仕事のお悩みですか?」
20代前半のバーテンダーが尋ねる。
糸のような細い目は穏やかな気性を表していて、日に焼けた肌は、店内の照明の色によく映えた。
「そんなところです」
組んだ指の上に顎を乗せた妖狐は、明るく答える。
桜色のオーバルネイルには、真珠のようなネイルジュエリーが輝いていた。
だがすぐに、彼女は笑みを引っ込めた。そのまま深い思考の海に飛び込む。
――それに、あの男が陰の気に浸されてしまったのは、痛手でございました。
――おまけに
そして、あの男に
――『黄昏堂』調査員、川姫ですか。山姥系統の妖怪なら、あのような男が彼女に勝てる見込みはないでしょう。
――なら彼女は、こちらの目的に大体の見当をつけてなお、潜っている、ということですか……。
しかも一緒に来た八蝶も、彼女が現在何をしているのか聞かされていない。推測すら立てていないとなると、その判断材料になる情報すら渡していないのだろう。
『場所』を変更し、結界は強化した。儀式が遮られることはない。このまま、『女の蜘蛛』は呼び寄せられる。
だが、川姫は不確定要素の存在だ。いつ浮上するかわからない。企みを把握しないまま、このまま計画を進めていいのか?
――まあ、放置していても大丈夫でしょう。自然から生まれた存在でありながら、人間側につくような妖怪です。人質を取れば、身動きもとれなくなりましょう。
――男にあのような悪趣味な呪いを掛けておきながら、殺す気もなかったようですし。
――と言うか本当になんですか、動画にでも出そうな呪いは……。狙ったナンセンスは大好きですけど、アレはこちらをおちょくってますわよね……。
首から下を切り捨てられたように見えるが、実際は違う。首から下の身体を、異次元に飛ばしているのだ。現実世界から切り離されているだけ。
だから身体が本当になくなったわけではないのだが、現実世界になければ同じだろう。
――注ぎ込まれた陰の気は、陽の気で満たせば相殺できるでしょう。されど下半身を飛ばしてしまえば、そもそも儀式の材料に使えません。
まあ、抜けた数を埋め合わせる方法はいくつかあるのだが、それなりにクオリティは落ちる。それを狙ったのか。
――事が済めば、解除する気もあったのやも。妖怪にしては、随分甘い考えでございますね。
しかし、川姫が有能であることには変わりない。わざわざ時間差を置いて
――この辺りの手際の良さは、あの若い陰陽師が買って出ているのでしょうね。
――若輩ながら『京一派』の家の中でも、一、二を争う実力者だと聞き及んでいますが、情報戦にも長けているご様子。ご自分の陣地に潜り込んだスパイを放置した上で、この動きとは。
ニヤリ、と人知れず妖狐は笑う。
既に筋道に
ここまでお膳立てをすれば、誘導役も楽だろう。
そもそも八蝶は好奇心に溢れている。ヘンゼルとグレーテルの道標を辿るように、自ら拾いに行くのを眺めるのも、悪くはない。
だが万が一のことも考えて、だ。
――さあて。八蝶さま、どうぞご存分に推理してくださいませ。
――わたくしの策略。わたくしの意図。未知のもの、不可解なものを見つければ、踏み入らずにはいられない、理解せずにはいられない者よ。
――理解した時あなたは、世界を滅ぼす存在になるのでございます。
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