幕間 Re:■■■■
(⚠注意
この話は性的暴行の描写があります。この単語で恐怖を感じられた方は、読まずに次の話に進んでください)
パラソル付のテーブルが並ぶカフェのテラス。
お昼は暑いせいか、テラスにいる客は男だけだった。
男が焦れたように、お冷の氷を噛み始める。
それを見て、こちらからDMを送る。少し遅れて、男のスマホが鳴った。
その内容をロック画面の通知で読んだ男が、スマホから目を離し、あたりをキョロキョロと見渡す。けれど見当たらず、DMで返信しようと相手がパスワードを開き始めた。
その隙をついて、霊体だった身体を実体化させる。
「――こんにちは」
男は私を見上げた。
男が最初に見たのは、私の胸。次に顔、最後に足。
突然現れた女に声をかけられて動揺し怯えたくせに、全身をじろじろと眺める。
私は男の隣の席に座り、見せつけるように足を組む。男の視線は、ミュールから覗く私の足の甲へと移る。そこからゆっくりと、七分丈のスキニーパンツに覆われたふくらはぎや太ももへ移った。
私はスマホを突き出した。映っている画面は、SNSアプリのDMだ。
「『15歳』だと言っているのに、こんなメッセージを送って来るなんて、どういうつもりかしら」
DMの内容。
最初は優しく、相手の子に優しい言葉を掛けたり、共感したり、肯定したりする。「君は他の子より大人びているね」「大人のようにモノを考えられるね」と褒め、「僕は君の気持がわかるよ」と共感をよせる。その子が心を開き始め、自分のことを話していく。学校のこと、家族のこと、趣味のこと、将来のこと……。それに対して一つずつ、丁寧に共感していく。
けれど一定の期間を経ると、態度を豹変させた。
性的なことを匂わせていくメッセージが増えていく。
『直接会わないか』というメッセージに、会わない、とやんわり答えると、こんな風に続いた。
『気持ちいいことしよう』『これをして、もっと仲良くなるために会おう』。
最終的には、『会わなかったらもう嫌いになるよ』。
随分甲高く裏返った声で、男は言った。「本当に15歳なら説教するつもりだった」とか。
なのに舌の根の乾かぬ内に、「恋愛に歳は関係ない」だの言い始める。
――大人と子供。経験も立場も権力も、そちらがずっと優位なのに、対等な関係なんてあるわけないでしょう。
仮に十も二十も上の男が、その女の子と同じ精神年齢だとして。女の子には未来があって、成長していく。今のあなたに成長する余地はあるの? 幼稚なまま力だけ強い大人の方が、よっぽど怖いじゃない。
かわいかったから仕方ない、とか、好きになってしまったから仕方ない、とか、男だからムラムラするんだ、とか。
そのうち、君がその気にさせるようなことを書いたんだろ、とか。15歳なんて嘘ついたんだな、嘘つくなんて酷いじゃないか、とか。
どんどん「男」という性別と、私のせいにしていく。自分が悪いことをしたとは、一切思っていない。思わないようにしていく。
それを一つずつ論破していくと、男はどんどん殊勝な態度になっていった。
「もうこんなの送らない。仲直りの記念に、デートしよう」
なんて無茶苦茶な言い分。さっき騙したって言ったのに、まだ続けようとするの?
そもそも、自分が言ったことを覚えていないのかしら。理屈がなくても、ゴリ押しすればなんとかなると思っているのかしら。
この男から見て、今わたしは何歳に見えるのだろう。
きっと都合よく、15歳に見えている。うまいこと引っかかった、成功したと思い込んでいる。
私は、男に向き合って言った。
「もう、本当にしないって、約束できる?」
ホテルの匂いに混じって、お互いの体臭が強く混ざる。
私がだらんと腕を下げ、首を傾けると、黄ばんだ歯を見せながら嗤う。
男の手は、氷のように冷たい。全く熱を持たないなんて、不快だわ。
その割に「こんなにして、よっぽど興奮してるんだな」なんて言って、指を見せつけてくる。肉体の変化と私の感情と結び付けて、私のあり方を決めつける。
自分が優位に立っている。そう思えていることに、よほどご満悦のよう。
一方的に触り、命令することが出来る。指先一つどころか視線一つで、相手からの好意も絶望も、すべてが自分の思うまま。拒絶されるとは一切思わない。
おそらく他の子なら、もう少し優しい手口を使っていたでしょう。よほど、私の詰問が堪えたのだとわかる。絶対的優位な立場を揺るがされて、腹いせに、──いえ、恐怖や焦りをなかったことにするためだわ。
この男に捕まった子の行き先は、恐らく2通り。
「何でもわかってくれる年上の男性」を失いたくない一心で、その子は何があったのかわからないまま許そうとする。後でその行為が何をさすのかわかったとしても、不快さや恥ずかしさがあったとしても、「これが恋愛」なのだと、自分が被害にあっているとすら思わない。
あるいは、男以外に助けを呼べる大人がいないことがわかっていて、かつ理解のない大人から「どうしてそんなバカなことしたんだ」「お前が考えなしだから」「俺に迷惑をかけるな」と責められることがわかっているから、そのまま従ってしまう。
本当に、なんて下劣な男なのかしら。
味方が一人もいない子だとわかっていて、こいつはつけ込むのよ。
そして、その子が何も言えないように写真を撮って脅して、また関係を結ぼうとするの。何度も、何度も縛り付けていく。
そうして誰も守ってくれなくなったその子の人生を、支配し続けようとするの。
■
多くの男が思っている。いえ、女も思っているでしょう。
男に、女はかなわないと。
女には筋力がないから、男にかなわない。女には体力がないから、男にかなわない。力で抑え込められたら負けだと。
例え女が暴れても、男がその気になれば、いつでも女に殴り返すことも組み敷くことも出来るのだと思っている。
――本当に、いつも男が優位に立てると思ってるの?
だったら笑っちゃうわ。
そんなの薬を使えば、一発で身動きが取れなくなるのに。
最も私の身体は、どんな麻薬よりも強烈だけど。
「どれだけ数が大きくても、0を掛けたら0のままよ? ねえ?」
シャワーから出たばかりの私はバスローブを羽織り、ベッドに腰掛けて寝転ぶ男に笑いかける。
霊体化している時に、スマホの暗証番号は把握していた。開くと私の他にも、女の子とのDMが山ほどあり、男が常習犯であることがよくわかった。その内容をすべてコピーし、送信する。
……気持ち悪いことにこの男、調査した結果、会社ではそれなりに信頼されている人物だということがわかっている。良い人を装うことにも慣れていて、罠に嵌める手口も巧妙。
そんな男が、寂しくて誰かに認められたい子の信頼と尊敬を手に入れるなんて、簡単でしょうね。
最も、強いモノに立ち向かう勇気も能力もないから、こんなことをしているのでしょうけど。
レイプは性欲から発するものじゃない。支配欲から発するもの。
相手に攻撃されないよう、誰かに咎められないように、視線一つで人をコントロールする力に、耽溺している。
男は起き上がる力すらないのでしょう。腕すら上げられず、首すら動かない。ただ、焦点の合わない目がぐるぐると回っている。
さっきまであれだけ私の上で派手に動いていたくせに、随分な変わりようだこと。
ベッドに黄色い染みが出来ているのを見て、私は笑った。
「やだ、汚ぁい」
甘ったるい笑い声で言うと、男は泣きわめくことも出来ないぐらい震えていた。なのに男が「男である」と主張するために執着する対象は、屹立したままだ。
「あらあら、泣くほど感じているのね?」
男に言われた言葉を、特別に呪いにして返す。
男だろうが女だろうが、心の動きに身体の反応がいつも一致するわけじゃない。言うことを聞かない身体の反応は、心を疲弊させ、病ませていく。
身体の自由は失ったけど、男はまだ狂っていない。耳も目も鼻も動いている。心も正常だ。今はまだ。
心を壊すのは、これから。
恐怖を抱いているのに、身体が勝手に反応する。心と体がどんどん分離していく、その恐怖。それを何度も何度も思い返し、何度も何度も身体が反応し、一回の経験でボロボロになる。
それは染みのようにどんどん広がり、やがて街ですれ違う女を見る度に、全部を私に関連付けるようになるでしょう。
レイプが、魂の殺人と言われる所以。
どれだけ時間が経っても、結び付けられた情報によって簡単に過去に引き戻される。そして、何度も何度も嬲られる。
その度に、その人の内側を虚ろにしていく。外から見えれば生きている大木に見えても、ウロが出来て枯れていく。
誰にも知られることなく中身は食べられ、
がじり、と一口、
バタンと倒れる。
女だって、男をレイプ出来るのよ。殺人と同じで。
レイプされたと女が声を上げると、ハニートラップだ淫らな女だと言うくせに、女が男をレイプするということは、想像すらしていない。
「これ、あなたの同僚に話したら」
その言葉に、ビクリと男が反応する。
……最も、恥ずかしくて言えないでしょうけど。
「話したら、こう返すでしょうね? 『良い想い出来てよかったな。男の夢だろ』って。
あなたの恐怖なんて軽く笑って、それでおしまい。誰もまともにとりあってくれない」
男が女より強いって、皆思ってるもの。
男は性欲が強いから、どんなセックスでも楽しめるんだと思っている。女に良いようにされたのは鼻を伸ばしている時に騙されたから、でも女に襲われるのは男の夢だって、誰もが幻想を抱いているもの。
本当に嫌なら殴り返せばいい、とか、それを受け入れて良い想いをしたんだろ、とか。
今にでも殺されそうになっている時に、男は、――人間は、とっさに動けると言うの?
「そうやってずっと、あなたに搾取されてきた子たちは、あなた以外の人たちにも封じ込められてきたのよ」
あなたにも、それを知らずに遠慮なく食い破っていく周りにも。
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