ケイ視点 〈憑き物〉の在り方 3

「……さすが、ナンパしたけど拒絶されて、腹いせにトイレから尻を撫でようとして右手切り落とされるヤツは、言うことが違うな(※『夜窓鬼談』より)」

「おっと毒が強いな。生理か?」

 あんまりな発言に頭が痛い。どうしてそれを言っていいと思うのか。

「それ二度と言うなよ。おれにも言うことじゃないが、女には絶対言うな。使


「へーへー」

 ……まあ言うんだろうな、これ。あまりにも学習能力がなさすぎて、注意するのもアホらしい。どうせ女たちが血祭りにすることだろう。



 この隣にいる河童も、江戸時代の男たちの性的欲望から新たに生まれたんだろう、と八蝶やちよが言っていた。

 例として挙げられるのが、九州の「河童憑き」だ。河童に憑かれた女は、みだらなことを喋り、男を誘惑するといわれる。だから河童に取り憑かれないように、夜中の川でみだらな態度をとることを禁じた──そうだが。


『これは……今で言う、痴漢が「そんな男を誘うような恰好するのが悪い!」って被害者に恥をかかせるのと同じ匂いがする……』


 八蝶が苦々しく言ったのを思い出す。

 真相はわからないが、とにもかくにも河童は男の性欲の象徴として扱われ――その習性を訂正すると言うことは、河童の存在を消去することになるのだと八蝶は言った。


 それはそれでいいんじゃないか? と言うおれに、『さらっとひょうちゃんに死刑言い渡したね君』と八蝶。

 河童のセクハラ発言を聞いても、八蝶が案外冷静なのが、おれは不思議だった。八蝶は嫌じゃないのか、と尋ねてみると、まあ嫌だけど、と返して、


『でもそもそも、。――存在自体を許さないっていうのは、ちょっと違くない?』


 間違ってる人を追放するんじゃなくて、間違っている行動を「間違っている」って逐一怒れる社会がいいと思うよ、と八蝶は言った。

 ――そのあたりは、おれはあまり理解し難い。

 連発するセクハラ発言に、河童の存在自体がトラウマになっている団員も少なくないし、昔受けた記憶を想起させられて、身体が竦んでしまう団員もいる。おれが女だったら、多分手首と言わず首をスパッと切っていたと思う。

 それでも、河童が八蝶に直接言うことはないから、今はまだ存在ぐらいは許せるが。

 ……と考えたところで、おれは恐ろしい考えに至った。



「……まさかあんた、未成年にもちょっかいかけて」

「おれはロリコンじゃねえよ!」


「いないだろうな」と言い切る前に、河童が否定した。よかったこれは嘘じゃない。


「伝承知ってんだろ! おれの性的対象は! アラサーからッ‼ 人妻ならなおよし!!」

「……」

「何だよその目‼ 俺が信用できねーってか!」

「だってあんた、川姫にもちょっかいかけるじゃないか」


 たまに朝、河童が乾燥したワカメみたいにペラペラになっている。その理由は、年少組以外は誰でも知っている。

 だが、川姫の年齢はどう見ても10代後半、ギリギリ20歳と言ったところだ。


「妖怪だから、見た目通りじゃないのはわかるけど……」

「……ちなみにお前、川姫が何歳か知ってんのか?」

「あんたと同じじゃないのか?」


 生まれたのは江戸時代ぐらいだと思っていたんだが。



「あいつ、2000年は生きてるぞ」



「……は?」

「だから、2000年。俺がアラエドなら、アイツはアラキゲ」

時代江戸や紀元をアラウンドするな」

 少なくとも人間はアラウンドしない。……じゃない、ツッコミどころは。



「え、知らなかった?」



 おれの様子を見て、まじかあ、と河童が言う。



「まあ、よく考えたら知らん奴が多いかもな。知ろうとしない奴も多いだろうし」

 そう言って、河童は説明した。


「あいつ元々、山の女神だったんだよ。妖怪になる前に人間だった時期もあるって言ってたけどな」

「人間だった時期? 神様が、人間に?」

「そりゃおめー、人が神になったり妖怪になったりするぐらいなんだから、なれるに決まってんだろ」

「……そういうもんなのか?」


 神や妖怪が人間になるというのは、AIやロボット、人形が人間になるのと同じだと八蝶が言っていたんだが。

 おれの考えを読み取ったように、河童は「まあ、お前が思っているように、今はほぼ無理だわな」と繋げた。


「単純化された妖怪や神と違って、人間は。……けどな、古代の認識はそうじゃなかったんだ。人間と神は同じ列にいた。昔の人間は、今の人間と肉体的にも精神的にも結構違うんだよ」


 法則も変わってるしな、と河童は言う。


「今の科学技術で出来ることが昔はできなかったように、昔使えた術が今は使えないことなんてザラにある。江戸から今にかけて、一体どれぐらい法則が変わったんやら……」



 認識によって自然界には存在しないモノを作れることは、インターネットなんて出す前に、法律や貨幣、言葉や歴史と言ったものが証明している。

 人間は自然世界から生まれながらも、自然に干渉し本来自然にはないものを作れる。道具を作り、環境を作り、概念を作る。今は原子や遺伝子すら操作可能だ。

 妖怪は自然の力を借りて超常的な力を発するが、それだけだ。自然界にないものは作れない。神はそもそも自然や世界を擬人化させたものなので、本来人間と比べることは出来ない。だが結局、人間が認識できる姿でしか現れないため、人間よりも単純化されてしまう。


 人の認識は、世界によって作られる。

 だが、人の認識によって世界が作り替えられることもある。

 妖怪やおれたち〈憑き物〉は、「認識によって作られた」存在だ。


「むろん人間でも、認識に引きずられて存在を固定されることも多いけどよ。……ああ、さっきの生理の話で思い出したんだが、基本どの動物のメスも、そう毎月血を流さないんだ。血の匂いを放ってると、ほかの動物に気づかれて危険だから」


「そうなのか?」

 確かに、動物系の〈憑き物〉にとって、血の匂いはかなりわかりやすいが。

「これは人間の女にも当てはまる。最近の研究によると、昔の女は一生のうち血を流すのが50回程度だったらしい。それに比べて今の女は250回、昔の5倍だ」


 内容に戸惑うおれに、「何なら450回って説もあるぞ」と河童は言う。


「今は発育がよくなったせいで、初経は早く、閉経は遅い。おまけに長生きする。そのせいで年々生理の痛みが酷い女や子宮関係の病気が増えてきているとも言われているけどな。

 昔って言うと明治から江戸ぐらいだって思うかもしんねーけど、お前のじいさんばあさんの子ども時代だって、今よりは少なかったんだぜ」


 そう言えば、現在は少子高齢化が叫ばれる時代だ。その前は子どもを5人産むのも珍しくなかったわけだから、妊娠し授乳する度に生理は止まっていただろう。おまけに十代で初出産を経験する人も多かっただろう。

 70年ほど前なら、戦争で食べるものにも困っていたはずだ。それでは確かに月経の数は変わる。


「時代が変わっただと言う割には、人間は古代の人間と同じ肉体ボディだと思っている節がある。社会の変化や人間の認識で、肉体なんて簡単に変わるってことを、おおよその人間は理解しない」


 そこで区切って、河童は言った。



「だから川姫アイツは、神から零落させられたんだろう」



「……それは、どういう」

「あ、いたいた。ケイ」


 真意を尋ねようとした時、食堂の入り口から名前を呼ばれた。

 おれを呼んだのは、サトシだ。


「……なんだ」

「何だってなんだよ。俺が呼んじゃいけねーのかよ」

 そう言って、おれの片側に回り込む。

「お前の相棒が別府まで来いってさ」

 相棒。――八蝶やちよだ。

 そういえば、別府に行くと書き置きに残していた。川姫に付き合ってとのことだったが、何かあったのか。

 おれの疑問に気づいたのか、あー、とサトシは続ける。


「話は長くなるから、それは向かっている時にな」


 とにかく、急を要するようだ。

 ……ヒビキに梅ときゅうりの和え物作ってやれないって、言いに行かないと。


「少し待ってくれ。ヒビキに伝えてくる」


 サトシにそう告げて、おれは食堂の二階へ上がる。





「……ホントに、哀れなやつだよ」



 自分が踏む階段の音に混じって、河童が小さく呟いたのを拾った。

        (第2話『川姫』前編 終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る