八蝶の性別
そして、少し考えて、こう言った。
「……なあ、今日はケイさんは?」
「ああ、ケイ? アイツ、人混み苦手なんだよ」
サトシが代わりに答える。
大宰府の参道は平日であっても、他県からの修学旅行に、海外からの旅行者も多い。今は某ウイルスの流行でがらんとしている日も増えたが、日によってはやっぱり人通りは多かった。
「じゃあ、あの人にもありがとう、って伝えてほしい」
「わかりました」
「…………そんでさ」
何故かそこで、黒田君は言いにくそうにした。
「こういうのって、指摘というか、口にするのは気を悪くすると言うか、マナー違反なのかもしんないんだけど……」
「何でしょう?」
「
「どちらに見えます?」
わたしは逆に尋ねた。
ちなみに今日は、茶色のブラウスに、サーモンピンクを落ち着かせたような色のフレアスカートを着ている。髪はギブソンタックだ。
「いやでも、あの時は男だって」
「『男の名前じゃ、珍しくないか?』って言われたから、『竹千代ってあるよ』と答えただけですよ」
わたし自身は、一度も男とか女とか言っていない。そして、どちらに対してもこだわりがある。
ハア、と隣でサトシがため息をついた。
「悪い、コイツいつもこんな調子。日によって着てる性別変わるし、口調も流動的だし。キャラ設定もどれかに統一しろっての」
「あら? サトシは、本物の自分がいるなんて信じてるの?」
わたしの言葉に、サトシが首をすくめる。それ以上は無駄だと思ったのだろう。また黙って、残りのタピオカを吸っていた。
黒田君は、それでも飲み込みづらそうな顔をしていた。何らかの複雑な事情があると思っているらしい。
「わたしは服を変えるのと同じように、性別も口調も変えているだけです。その場の気分、その場のノリなので」
これでも一応、TPOは守っているつもりだ。あの時『黒田君』と呼んでいたのは、恐らく年下だと知ったら、この人は不安になるだろうと踏んだからだ。
今は見栄張る必要がなくなったから、敬語に切り替えただけである。
「あ、黒田君が違和感を感じるなら、変えるよ?」
「あ、いや。そこまでじゃないから」
黒田君が手を振って言う。「うちでも、性別変わったり、口調が変わったりするのはよくあることだし。演劇部だから」
そこに嘘はないようなので、わたしはこの口調を続行することにした。
「それで、あの『鏡』は、今どうしていますか?」
わたしの問いに、黒田君は、なぜか梅干しでも食べたような顔になった。
「え、何か問題でも⁉」
「……えーと、八蝶さんが言った通り、警察から伝わった情報は『被害者は山に迷い込んでしまい、記憶喪失なため事件の真相は未だ不明』だったんだけど、生徒間の噂じゃ、『鏡の怪異事件』っていうことになったんだ。あれだけ離れた山に被害者たちがいたのも、『鏡』の世界が山に通じてるからだって」
それはこないだ、サトシが調査に行ってくれた時に教えてくれたな。
なんでそんなことになったかというと、元々あの土地には『山』と『神隠し』に深い関係があるかららしい。――結局こちらも、山の信仰を借りたわけね。
「またこぞって怪異を試そうとする奴らが出てきたんだけど、入ることは出来なくて、結局噂は噂だってことになって。俺も記憶喪失の体で過ごしてるから、詳しいことは絶対言えねぇし」
「基本異世界は、住人に誘われないと入れませんから」
「そうなの?」
「隠れ里って知っていますか? 『開けてはならぬ』間を開けるまでは、人間は歓迎されて入っているでしょう。浦島太郎も、亀に誘われて入っているし」
だから今回のケースは、結構ヤバイ。他人の空間を乗っ取るとか、そんな術士そうそういない。結界内なら集まったり飛び出したりする森レベルで自分好みの空間に変えられる局長でも、出来るかどうか。相手は外道だが、相当腕が立つのは間違いないだろう。
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