連綿と続く生贄の物語
「んで、話がまた袴田先生とか俺とかに悪意ある方向に進むのもなんだからって、『鏡』が俺の姿を借りて校内うろついてるらしくて。こないだも、教室にいるはずの俺が、食堂にいたなんて話が出て」
「ん?」
「八つ目の怪談『ドッペルゲンガーにあったら死ぬ』が、追加されました……」
「……」
いや『
黒田君とそっくりな顔で、ニャハハ、と笑う姿が容易に想像できた。『
「あの俺、しょっちゅうアイツと会ってんですけど、怪異とか妖怪って、噂とかで影響されるんですよね? 俺、これから死んだり……」
「あ、それはないから安心してください」
生命を脅かす怪異というのは、そうそう作れるものじゃない。人間は面白がって喋っていても、ちゃんと「死」というものにストッパーをかけている。大体「死」の怪異が成り立つのは、本当に人が死んでしまった時だ。
だからこそ、『土蜘蛛』や『牛鬼』は怖い。出会ったら病にかかって死ぬ、という伝承が、昔から存在するからだ。
しかもその呪いには、どんなに高名な術士でも罹っている話が多い。源頼光の『土蜘蛛』退治では、源四天王と呼ばれた頼光さえ病に伏している。
――あの子を思い出す。
猫のような姿に変えられた術士は、いくつかの退治屋組織にたらい回しにされていたことが判明した。現在、あの子は黄昏堂預かりになっている。他所の退治屋では、かなりの団員があの子の邪気にあたり、病に伏せているようだ。
これは牛鬼の性質で、牛鬼の〈憑き物〉だろう、というのが、局長の推測だ。
『最初は自然的なものだったかもしれないが……今は人為的にいじられて、殆ど人間のベースが残っていない』
あの子が生徒の姿をとっていたのは、あの子自身が幻術を使っていたから。──つまりあの子はもう、猫のような姿から、本来の人間の姿に戻ることは出来ない。
今はあまり活動的ではなく、部屋の奥で眠っている時間が長い。動き回る姿も、何かを喋る姿も、わたしは見ていない。
七歳の子どもを、ずっと前からいじって? もう、寿命も幾ばくもない?
病気にされると嫌悪され、遠ざけられたあの子は、どんな思いであの『蠱毒』に参加したんだろう。あるいは、そこに憤りも疑問も感じられないほど、心が摩耗してしまったのだろうか。
それを、利用した人間は、誰だ。
──あの子を、消耗品として扱ったのは、誰だ。
「……おい、怖い顔をしてんぞ」
サトシに言われ、わたしははっとした。
わたしは撫で牛の前に立っていた。後ろには、参道を収めたような鳥居が立っている。
……そうだ、黒田君たちが「これから模試あるしお守り買いたい」って言っていた。黒田君たちは、お参りしに行ったらしい。
「……まあ、怒る理由はわかるけどよ」
黒田たちが心配するだろ、というサトシの言葉は正論だった。
わたしは、うん、とうなずく。
伏せたままこちらを見る撫で牛。その背骨を、そっと撫でた。
撫で牛は、悪いところに当たる場所を撫でると治る、と言われている。あの子のどこが悪いのかわからないから、とにかくあらゆるところを撫でる。
撫で牛の由来は、撫でて邪気をこすり付けて落とす信仰から来ているらしい。そしてここでは、牛は聖なる獣だ。
どうか、わたしの身体を伝って、あの子の身体が少しでもよくなって欲しい。
『無条件に貶めていい相手を見つけないと、アンタら人間は昔っからやっていけねぇもんなあ?』
『鏡』の言葉を思い出す。
撫でて、押し付けて、満足して。
そうして触れた、金属でできた牛の身体は、ただただ冷たかった。
──妖怪の在り方は、わたしたち人間の在り方の「
恐怖や不安を何かのせいにしないといけなくて、それを押し付けるために、無条件に貶めていい相手を探す。
その姿の一つが信仰や神様になり、その姿の一つが妖怪になった。
わたしは袴田先生が犯人にされないように、『鏡』に押し付けた。人間じゃなくて、
理不尽に嫌なことを押し付けられる苦しみも、それに対する怒りも知っている。なのにわたしには、それを清算する力なんてない。気づけばまた別の人に、モノに、押し付けている。
理不尽に対して怒るくせに、同じことしかできないし、してない。
『鏡』は言った。「そう在れ」と願われ、プログラミングされた妖怪と違って、人間は自由があると。
でも本当に、わたしたちは自由なのだろうか。──だとしたらわたしたちは、きっと自分が自由であることを恐れている。ルールで縛り、そのルールを存続させるために、誰かを犠牲にしている。
誰もが誰かの消費者で、誰もが誰かの消耗品だというのなら。
それで社会や生が成り立って、存続させるためにずっと生贄を求めているのなら。
じゃあ
(第1話『鏡』 終わり)
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