事件の収束

 軽蔑の色が混ざった歯に衣着せぬ言葉に、わたしは答えた。


「着せるんじゃない。――着てくれないかなー、って」


「神経大根なの?」

 妖怪にドン引きされた。

 確かに、我ながらやべぇこと言ってるなあ、と思う。思うけど。

「既に、君が黒田君を引き込んだ動画は流布されている。対外的には、『鏡の怪異が人を引き込んだ』という風に見えるんだ。これを使わない手はない」


 大衆が袴田先生にかけている容疑を晴らすためには、わかりやすい理由と原因が必要だ。大衆にとってそれは、犯罪者でも、妖怪でも構わない。とにかくもう危機は去ったとわかれば、安心できるのだ。例え本当はそうじゃないとしても。

 わたしからしても、『蠱毒』や『牛鬼』なんてヤバい妖怪の噂より、が、よっぽど安全だと考える。


「なるほど。つまり、別の生贄をご所望ってわけ」

「……だめ?」

「なーんでそこでいいとか思っちゃわけ? 冤罪だよアナタ? 法律的にはアウトっしょ? 人の嫌がることはしちゃいけませんって親御さんに教わらなかった? 人じゃねえけど」


「――でも君、黒田君たちのこと、好きでしょう?」


 だから解決したがっていたんだよね、という言葉に、『鏡』はあんぐりと口を開けた。

「袴田先生が犯罪者になるのも、黒田君がインターネットでヤラセとして叩かれるのも、夢原さんが心無い噂で傷つくのも、君の本意ではないはずだ」

 このまま人為的なものだと認定されれば間違いなくそうなるよ、と、付け加える。

 暫く、沈黙が流れた。






「……ま、いっか」

『鏡』は立ち上がって、わたしを見下ろした。


「付き合ってやんよ。──無条件に貶めていい相手を見つけないと、アンタら人間は昔っからやっていけねぇもんなあ?」


 両手を広げ、『鏡』は言う。

 鏡の世界とは違い、月光によってよく照らされた屋上。

 光があるからこそ、黒田君の姿だったモノの顔を、逆光によって真っ黒に塗りつぶした。

 ただ、目と口は、今夜の月のように笑って見えた。



「ああそうだよ。俺は人間が大好きさ。騙されてたまるか、自分にとって不都合なことは起きてたまるかって、先の先、言葉の裏をかこうとして、結果自滅する姿がな。

 よくわからん理不尽な力じゃ、面白くないだろ。人間の破滅っていうのは、もっと自業自得じゃなきゃ」



「要するに、自由に悩める青春を見るのが好きなのね。君」

「……勝手に言葉の裏読まないでくださいますぅ?」

 明らかに拗ねた口調。

 しかしその続きは、随分と柔らかい口調になった。

「……けどまあ、アイツらのバカ騒ぎを、こんな形で利用されるのはムカつくからな」


 先の見えない将来を見据え続けて、疲れた受験生たち。

 怪談のオチも、先生たちに怒られる後先も考えずに、ただその一日だけを考えて、笑って過ごした。


妖怪俺たちとは違って、人間あいつらは自分の頭で考えて、ルールから外れることができるんだ。まあ、ちっぽけで一瞬の自由だけど、それすら妖怪俺らは持っていない。指示通りに動いて、憎まれて、嫌われるのが俺たちだ」


 決して参加することは出来ない。そこに『鏡』はいない。ずっと、見ているだけ。それを自分の世界にずっと蓄えて、大切に、大切にしてきた宝箱のように『鏡』は語る。

 ――百年以上見続けた『鏡』にとっては一瞬のことでも、十八年しか生きていない人間にとっては人生の六分の一の出来事だということを、きっと『鏡』は気づいている。

 随分お人よしな人でなしだ。


「そんじゃ、俺はもう寝るわ。後はアンタらの好きにしたらいい」

『鏡』はわたしに背を向けた。その背中に向けて、わたしは言葉を投げた。

「ありがとう」

「やめろやめろ、まるで俺が自己犠牲ボランティアでやってるみたいじゃねぇか」

 あんたらに脅されてやってんのによ、と、手をヒラヒラとさせて、


 そしてこちらに振り返った。



「……なあ、アンタ。アンタは――」


 そこまで言いかけて、いや、と『鏡』は言った。


「やめとくわ。やっかいなことに巻き込まれそうだからな!」











『……行ったか』

 スウっと背景に溶け込むように消えた『鏡』を見届けた後、コートからくぐもった声が聞こえた。

「あれソメさん。起きてたの?」

 わたしの問いに、コートのポケットから、杼――〈ソメさん〉が出てくる。

 ふよふよと宙に動きながら、〈ソメさん〉は『アヤツに叩き起こされた』と言った。アヤツとは『鏡』のことだろう。

『あの「蠱毒」の術、我らを取り込もうとする気満だったのう』

「そうだねー……」

 教室の扉開けた時、ダイ〇ンかって思うぐらい、ものすっごい力で引き込まれたもんね、わたしたち。

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