答え合わせ 1

 その安堵の様子に、わたしは思わず笑みがこぼれる。

 猫のような姿になった被害者を抱えたまま、しゃがみこんで、黒田君に言った。


「そうまでして、夢原さんの父親を助けたかったんだね」


 その言葉に、黒田君は顔を挙げた。



「……それも、部長から聞いたのか?」

「いいや。夢原さんは知らない」

 わたしがそう言うと、明らかに黒田君は安心した。じゃあなんで、という言葉に、わたしは説明する。

「わたしが気づいたのは、袴田先生の顔写真を見た時。耳の形が、夢原さんと殆ど同じだったからさ」

 耳の形は、親とよく似ることがある。

 そう言ったわたしの言葉をうけて、科学捜査班が動いてくれた。おかげで、DNAレベルで確定することが出来たわけだ。――言っておくが、ちゃんとした手続きを取って行っている。一応うちの組織は、警察と連携して科学捜査することが出来るのだ。何せ非科学的な事件も、警察の元には来るので、そういう時は黄昏堂うちが捜査を担っている。

 夢原さんと袴田先生の苗字が違う上に、夢原さんは「父親は知らない」と言っていたから、複雑な事情があるのだろう。


「君は、このままだと最悪な形で、夢原さんと袴田先生の関係が暴かれてしまうと恐れた。だから夢原さん好きな人を守るために、こんな強硬手段に出た。どう? この推理」

 推理というより野次馬根性だろ、と、脳内の調査員サトシに突っ込まれた気がしたが、多分気のせいだろう。いいじゃん。好きな人のために頑張れて何が悪い。

「……袴田先生の個人情報、結構流れてたから。遅かれ早かればれるだろうな、って」

「化け物より怖いな。個人情報流出」

 &匿名による誹謗中傷。

 しかし、困った。


「わたしたちの仕事は妖怪退治の他に、それに関する事件の秘匿性を守ることなんだ」


 特に教育機関で起きた怪奇事件は、絶対に『妖怪のせい』と公表してはならない。

 つまりこのままいくと、袴田先生が犯人に仕立て上げられることも考えられる。


「……そうだよな」

 黒田君はポツリと言った。

「妖怪のせいとか公に言えるんだったら、俺も部長も、あんたらに依頼することを躊躇わずにすんだもんな。非科学的なことだし」

「まあでも、黒田君が無事に家に帰ることが出来れば、それも変わるかも」

「え? それってどういう――」


 首をかしげる黒田君に、わたしはこう言った。






「まだとぼける気ある? 『七不思議』の第一位、『踊り場の鏡』さん?」






 わたしの言葉に、黒田君――いや、黒田君の皮を被ったあやかしが、ニヤリ、と笑った。

 その瞳は、先ほどの人の好い笑みを浮かべていた人間には似つかわしいほど、妖しげに細められる。


「……へぇ? どうしてわかった?」

「マジで言ってる? あの暗闇の中で、に、普通の高校生が『蜘蛛』から逃げ回っていた、っていう時点でおかしいでしょ」


 それに、いくら時間が緩やかで体感時間が3時間と言っても、普通あの暗さで長くいたらもっと不安になる。おまけに命の危険も迫っているのだからなおさら。――そうならないように、被害者たちは心を閉じて過ごしていた。だからこそ、術士は被害者たちを操れたと言える。

 要するに、普通の高校生にしちゃ、あまりに元気すぎたのだ。


「それに、黒田君の前髪は右分けじゃなくて、だよ」

「あー、そこは気づいていても、鏡の性質上いじれなかったわ」

 これなあ、と『鏡』は前髪を撫でる。

 ガラケーの画面は逆にはなっていなかった。あれは、本物の黒田くんの所有物だったのだろう。


「……で、彼は?」

「安心しな。他の被害者たちと一緒に、2階の教室現実の世界で眠ってんよ。無傷でな」

 その言葉に、わたしはそう、と返す。


 この蠱毒は、怪異を「戦意喪失」させれば、勝ち抜ける。

 そしてわたしたちが脱出出来たということは、『鏡』には出会った当初から戦意がなかったということ。わたしが『鏡』の演技に付き合ったのは、それを確かめるためだった。まあ、最初から敵意なんてないのはわかってたんだけど、正体がわからなかったので。

 何故戦意がないのか。そりゃ、自分の陣地鏡の世界から出る必要が無いからだ。『本人』だもの。


「君は黒田君を守るために、参加したんだね?」

「ま、結果的にそうとも言えるけどよ。俺はいいようにされたくなかっただけだ」

 胡坐をかいて、右手で頬杖を突きながら、『鏡』はふてぶてしく言った。


「お察しの通り、俺は、創立当時の校舎の代からあった、鏡の付喪神だよ」

「随分長持ちしたね?」

 確かにあの踊り場の鏡、古そうではあったけど。この中高一貫、校舎こそ新しいが、創立当時って言ったら、140年ぐらい前だったはず。

「いや、鏡自体モノというよか、鏡に映った学校の時空間を蓄積した異界データベース――に人格が出来たもの、って考えてくれたらいい」


 学校の情報が鏡の世界に蓄積されているということは、今黒田君に化けている『鏡』は、情報を検索できるAIと言ったところか。

 早い話、『鏡』は、生徒が作った学校の七不思議が出来る前から存在した妖怪だということだ。


「んで、術士が突然やって来て、『この学校を蠱毒の場所に使いたい』っつーから断ったら、俺の家が半分乗っ取られて、残った半分も蠱毒の場所に使われたってわけ」

 自分の家に勝手に居座られたら、誰だっていい気分しねーだろ? と、『鏡』。

「被害者を鏡の世界に引き込んだのは君じゃなくて、半分乗っ取った術士、ってことでいいんだよね」

 わたしの言葉に、そ、と鏡は肯定する。

『鏡の世界』は半分乗っ取られていた。だから幻の4階は、プレートの文字が。あそこは鏡の世界を半分乗っ取った術士の空間だからだ。乗っ取った半分を作り変えたのか、自分の世界を内在させたかは、専門家じゃないからわからないけど。


「本来、生徒たちの夜遊びだった学校の七不思議を流したのも、ソイツ?」

「そそ。今、SNSとかで簡単に広まるからな。すーぐ試したがるバカがやってきた。管理者権限(半分)で弾いてやったけど。なんとか入口だけは取り戻せたからな」

「でも、一人引き入れちゃったんでしょ? なんで?」

 目を細めたまま、指をさして『鏡』は言った。

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