撃ッ退!

 はっきりタイプが分かれば、やることは一つ。西牟婁郡タイプに有効な呪文を使えばいい。


「『石は流れる』……は、軽石だったら流れるわな。『木の葉は沈む』……川底にたまってるわな。牛も馬もほとんど見ないし」

 あれ、伝承に伝わってるの、使えなくない?

「えーと、『石に漱ぐ』『流れを枕にする』!」

「漱石か」

「ケイもなんか言って、逆の言葉!」

 西牟婁郡の牛鬼は、現実とは逆の言葉を言うことが対処方法となっている。この方法が使えるのは、西牟婁郡だけだ。

「『犬はニャア』、『猫はワン』ッ! えーと、『綺麗は汚い、汚いは綺麗』! あ違うこれ『マクベス』だ」


「『八蝶は食べた後皿を洗う』」


 ケイが言った途端、明らかに牛鬼の様子が変わる。――ちょっと待て。


「はぁ⁉ 洗う時は洗いますけどぉ⁉」

「喧嘩しないでお二人さん‼」後ろから黒田君の叫びが聞こえた。

「牛鬼の態度がすべてを説明してるだろ。――『八蝶は部屋を掃除する』」


 さらに牛鬼の様子が変化する。

 目はおろおろと泳ぎ、口はどんどん閉じていく。身体の色も、錆びた赤色から、ゆでられたカニのように鮮やかになっていく。


「はあああ⁉ それがアリなら、じゃー『ケイは愛想がいい』!」

「『八蝶はご飯の時すぐに部屋から戻って来る』」

「それはあの、……ごめん!」

 ついついゲームが面白くて、呼ばれてすぐに来ないの、ホントごめん!



 こうしてわたしたちは、逆の言葉という名目でお互いの悪口と言うか要望を牛鬼に介して言い合っていると、牛鬼はどんどん小さくなっていった。

 その内容はあまりにくだらながすぎなので、巻きでいく。






 ガシャ。

 周りを囲んでいた壁は、素焼きの壺を割ったかのような音をして砕けた。立っていた地面は、赤い蜘蛛の胴体から屋上のコンクリートに変わっていた。

 小さくぽっかりと空いていた夜空は大きく開かれて、下弦の月がこちらを見下ろすように真上にあった。


「よっしゃ撃退成ッ功‼」

「え、マジで退治できたん⁉」

「いや、これは退治したわけじゃなくて、ひるませただけ。でもそれで十分」


 煙のようなものが、屋上の床を覆い、そして消えていく。

 煙が晴れ、月光によって照らされたのは、小さな生き物だった。


 コンクリートの上に寝ていたのは、蜘蛛ではなく、猫の身体をした、尾の長い生き物だ。


「……それが、『蜘蛛』の……牛鬼の正体なのか?」


 黒田君が、おそるおそる言う。

 どうやら、先ほどの姿は幻術で、被害者は本来この姿に変えられていたらしい。

 西牟婁郡の牛鬼は、猫のような体に長い尾を持ち、身体は鞠のようにやわらかいため、足音がしないのだという。確かに、牛鬼の戦いにしてはおかしいほど、静かな戦いだった。おおよそ牛鬼は災いを運ぶ時、わざわざ轟音でお知らせしてくるパターンが多い。久留米ここの牛鬼なんて、鐘鳴らすし。そこに気づかず視界ばかり気が囚われてしまうとは、わたしもまだまだだ。


 わたしはケイに目配せをすると、ケイは無言で地面を蹴り上げ、屋上から去った。

 常人離れした動きに、黒田君が目を丸くする。


「……あの人は? 突然空から落ちてきたけど」

「うちの戦闘員。わたしに何かあった時のために、校舎の外にいてくれたんだ」


 わたしの杼の糸で、屋上に出口があることに気づいてくれたようだ。

 ……わたしのフォローに回ることが前提とはいえ、被害者に幻術をかけられていた、ということは、近くに術士、もしくは、術を遠隔操作するための中継となる何らかの媒体があったはずだ。すぐにケイが探しに行ってくれたが、もう既に逃亡している、もしくは媒体が壊されている、と考えていいだろう。痕跡は探れないかもしれない。

 ちょっと痛いなあ、なんて思いながら、わたしは猫を抱えて、黒田君に言った。


「恐らく教室の糸も解けて、被害者たちも無事に元に戻っている。最後の被害者は、これに姿を変えられているから、術を解けば、家に帰すことが出来るよ」

「ホントか⁉」


 そう言って、暫く俯いた後、黒田君は座り込んだ。

 よかった、と、蚊の鳴くような声で、彼の安堵した声が聞こえる。

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