数と怪異
「い……いま、何投げたんだ? 音はしなかったから、石みたいな固形物じゃなさそうだし。あ、お祓いの札?」
テケテケさんに向けた投げたやつのことを言っているんだろう。
わたしは顎を隠すほど長いコートの襟で、首元の汗を拭いながら言った。
「ああ。プチプチ」
「そう、プチプチ。……プチプチ?」
プチプチ。
正式名称は『気泡緩衝材』。
「………なんで?」
「皆好きっしょ?」
「そんな理由で⁉」
まあ、一応、理由はある。
一通り汗が落ち着いた後、わたしも階段に腰掛けた。
「理由は二つあってね。一つは、古今東西問わず、目玉を連想させるものは魔除けなんだ」
日本では六芒星の形で知られる『籠目』、イスラームだと『ハムサ』が取り上げられる。悪霊は凝視されることを嫌うと言われているが、元々『凝視』とは、多くの生き物にある根本的な恐怖だ。見られるということは、命の危険にも繋がる。だから木の葉などに擬態する虫も多い。
逆に蝶などは、目玉を模した羽を持つものもいる。一説によれば、ヘビやフクロウなどの目を模すことで、天敵を追い払っているとか。
ともかくプチプチは、たくさんの目玉を連想させる『魔除け』として使える。まあ、中には見られると逆に力をつけたりするタイプもいるから、ケースバイケースなんだけど。
「もう一つは、数を数える妖怪がいるから」
「数えんの⁉ なんで⁉」
「うーん、日本ではあまり知られてないけど、例えば吸血鬼とかは、芥子の種とかばらまくと人間そっちのけで数えるんだって。セサ〇ストリートにも数を数える吸血鬼がいるし」
「待ってそういう理由で出てたのあの吸血鬼⁉」
……わたしが話題を振っておいてアレだけど、なんで黒田君、一〇郎といいセサ〇ストリートといい知ってるんだろう。
「じゃあ後者だったら、今、テケテケさんもプチプチの数数えてんのかな……妖怪が数を数えるとか意外だ……」
「そう? 七不思議だって、『七』がついてるよ」
怪談の内容だってそうだ。
4時44分の鏡。わたしが音楽室の前で聞いた『エリーゼのために』は、4回聞くと死ぬと言われている。数字と怪異は密接だ。
そう言うと、そうか、と黒田君は立ち上がった。
平均的より少し低い身長の彼は、最上段に座るわたしと同じくらいの目線になる。
「そういや、階段の怪談もそうだよな」
「ダジャレ?」
「違うって。3階から屋上へつながる階段を登る時、夜中になると1段増えるんだよ。で、登った先は、ないはずの4階に繋がっているんだ」
ああ、そういや、そういう怪談があったなあ。階段が増えているとか、ないはずの4階とか。
わたしは、なんとなく、自分の足元を見た。
ツルツルの床に散らばる、ホコリと砂のザラザラとした感覚。踏板の端についた青い滑り止め。
「……ねえ」
「うん?」
「わたしが座っている階段、何段目?」
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