ルールに忠実な妖怪

「それで鏡の世界に閉じ込められて、『蜘蛛』に会った、ってこと? じゃあ、他の行方不明者には会ってない?」

「ああ。こっちに来てすぐ、でっかい蜘蛛に食われそうになったんだ。慌てて逃げて、それから一人で隠れてたんだけど、まさか10日も経ってたなんて……」

 黒田君はためらうように一度区切り、「なあ、」とその言葉を口にした。



「袴田先生や、受験しに来た中学生たちは、ひょっとしてもう、『蜘蛛』に食われたのか……?」


「…………わからない」


 少なくとも、ここに来るまでいろんな教室を見たが、遺骸らしきものはなかった。

 まだどこかに隠されているのか、それとも骨も残されずに食べられたのか。

「実はこの学校、うちでもちょっと話題になっててね。『牛鬼』が住み着いているっていう噂があったんだ」

「牛鬼?」

「西日本のあちこちで分布している蜘蛛の妖怪。最も、近畿と九州じゃ大分タイプが違うんだけど……」

 江戸時代に書かれた妖怪絵巻は頭が牛、胴体が蜘蛛だが、地域に伝わる元々の伝承はその名の通り、「頭は牛で、身体は鬼」だった。それがなぜ蜘蛛になったのかは定かではないが、恐らく土蜘蛛と混ざったのだろう。

 近畿の『牛鬼』の多くは、源頼光に退治された土蜘蛛のように、病や毒をまき散らして人を殺す。

 一方九州の『牛鬼』は、濡女や磯女などの子連れの妖怪に捕まって、身動きが取れなくなったときに牛鬼が喰いに来る。

 おおよそ分けたが、牛鬼の話は多種多様だ。

「牛鬼は少し地域がずれただけで、対処方法や姿が全く異なってしまうんだ。その上、学校の鏡に住む牛鬼とか聞いたことがない」

 だからこそこちらは、この学校の『牛鬼』を危険視していた。


 妖怪は、ルールに忠実な、云わばプログラミング通りに実行するAIのようなものだ。恐怖を煽り、恐怖を糧とする妖怪は、人の考えていることに影響しやすい。

 そのため問題は、妖怪も、人の噂や時代によって変わっていくということだった。インターネットやSNSが普及した現在、特に怪談が文字として残るようになった。昔の怪談はたいてい、「〇〇さんが言ったことなんだけど」と人伝えの上口頭で聞くものだから、起承転結や細部が曖昧になりやすい。だから矛盾した細部は打ち消され、共通とした大まかなルールが妖怪に反映される。

 けれど、コピーアンドペーストが簡単に出来る今は、それを語る人たちの頭の中で、その細部がはっきりとしている。普通真贋とは本物は一つで、大量にある簡単にできた複製品は「偽物」だと言われるが、怪談では皮肉なことに、「たくさんの人に簡単に語られる」からこそ、すべて『本物』として語られるようになってしまうのだ。

 そうなると、どうなるか?

 ――例え長点と欠点が矛盾していても、打ち消すことはなく、すべてが成り立つようになる。

『俺が考えた無敵の妖怪』とか作られると、伝統的な退治方法が使えない。もっとヤバイのは欠点がないから倒せないというパターンだ。そうなる前に、速やかに退治する必要がある。


「でも俺、そんな噂聞いたことないけど。鏡の奥に住んでいるのが蜘蛛だなんて、自分で見るまで知らなかったし」


 確かに、うちの調査員も調べてくれたけど、少なくとも生徒間で流れている様子はないし、この地域に類似する伝承もない。

 山には退治された牛鬼のミイラがあるお寺があるけど、それとはだいぶ毛色が違う。多分お寺の牛鬼みたいに、お経を読んでも退治は出来ない。

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