8-1
◆
「その
一瞬の白昼夢、いえ、本体への意識の混濁から戻って来た九十郎の口から出たのはそんな言葉でした。
場面は先ほどの直後、熾守の屋敷の謁見の間、半壊して見る影もなくなったその場所に、銀暮と……顔が虚の男、無貌の神。
三者がお互いに向き合って、真ん中にはいくつかの徳利に入った酒と……醤油の壺が一つ。
銀暮は目をひん剥きながら御猪口を口に持って行き傾け、ニャルラトホテプはその顔があるべき場所に空いた穴に酒を流し込んでいます。
何やらお互いに楽しそうに、会話も無く笑い合いながら。
「いや、この状況も何だ?」
ニャルラトホテプが、表情の読めない顔でクトゥルフに言います。
「ああ、戻りましたか、クトゥルフ」
「なにこれ、めっちゃ怖いんだけど……」
「そりゃ怖くしてますから」
ニャルラトホテプは顎で座ることを促し、九十郎はそれに応えて座ります。
「なに、すぐにどうこうしようというわけではありませんよ。ただ、クトゥルフはきっとこう思っている事でしょう……“
如何にも『そうではない』と言わんばかりの勿体ぶり方に、警戒心で強張った九十郎の顔が更に険しくなります。
ニャルラトホテプは人差し指を立てて言います。
「教えてやろう
険しかった九十郎の表情が困惑と疑問に染まっていきます。
「これだからポンコツは。邪神とか魔王とかだいたいポンコツなんですから」
「いや、待ってどういうこと? 真面目にどういうこと?」
ニャルラトホテプはため息交じりに、なお曇天の空を仰ぎながら誰とはなしに言います。いえ、正確にはその視線の先に誰が居るのかを意識しながら。
「元々、この世界は確かにそういう風に作るようにしたとも。でもだからって、我々は仮にも恐怖の邪神なんだが? なんで恐怖と畏怖を振りまくホラーではなく、苦笑と寒さを振りまくコメディになってるんだ? 『お前ら』の見ている夢物語が白痴の夢並みに効力を発揮するとか計算外過ぎて却ってホラーだよ!」
「にゃ、ニャル? 大丈夫? 何の話してんの?」
ニャルラトホテプは九十郎へ、その顔が無い顔を向けます。
「この世界は私の制御を離れ始めています。そして気が付けば私も取り込まれつつあるとか、シャレにならない」
「は、はぁ……何だかわからんが、苦労してる、な?」
「してますよ、ええもう。謝れ! 私に謝れ! 空気を読め、空気を!」
「つまり……え? どういうこと?」
「ですから、この世界は支配されつつあるんです。私ではなく……」
ニャルラトホテプはその表情のない顔からも察せられるほどのうんざり感を滲みだしながら、それはそれはクソデカため息と共に言います。
「ギャグ時空に」
「派出所的な?」
「ギャグ空間に」
「黄色いアフロ的な?」
「ギャグ作品みたいに」
「ジャングル的な?」
「あるいは、パロディのような」
「蛙の宇宙人的な?」
「もしかしなくてもコメディ」
「クソアニメ的な?」
「それより比べられないほどの酷いクソ駄作三文芝居空間に」
「クソ駄作、っぽいのは変わりないのでは? よく解らんが」
おい。
「なので、この世界を滅ぼしておきます」
「……は?」
さらっとニャルラトホテプは爆弾発言をし、ゆっくりと立ち上がります。
そして、その虚の空いた顔から、何か鱗に覆われた長く巨大な物が、黒貌和尚の体より遥かに巨大な何かが空へ飛び出していきます。後には黒貌和尚の袈裟だけが残ります。
直後雷鳴が轟き、曇天の空に稲光が走ります。その光の向こうに黒く長く大きな影が見え、そこから大地を揺らすかのような笑い声が降り注ぎました。
「では、潰しましょう。ニャルラトホテプ千の顔の一つ、バッハムートの姿で!」
「バハムート!? もしかして、ドラゴン、竜なのか!?」
雲を割いて現れた巨大なそれは、全身を銀の鱗に覆われ、鈍色の輝きを放ちながら巨体をうねらせます。しかしてそれはまさに……
「いや、魚だな。竜じゃない。なーんだ」
「どうですか、これこそ大地をひっくり返す巨大なる神の姿ってちょっと! なんですかその残念そうな顔は!」
「いやだって、バハムートなのに竜じゃない」
「竜なのは人間の勝手な思い込みです! 最終幻想で見た夢です! バッハムートは鮫! あるいは鯨なの!」
「そもそも、空から現れた巨体で潰すって、二番煎じじゃないか」
「あっちは不発でしょ!? しかも他力本願。一緒にしないで下さいよ!」
大空に浮かんだ(正しくは落下し始めた)巨大な魚と会話するシュールな絵面ですが、実際のところかなりのピンチです。
先ほどの外なる神を退けた手口は使えないでしょう。なにせ、外なる神はただ目的地に呼ばれただけで、自分の意志で九十郎たちを攻撃するつもりはありませんでした。しかし、今度はニャルラトホテプが明確に攻撃の意志を持って、九十郎を狙って落ちてきているのです。
九十郎がボールになって宇宙に飛び出すわけにもいきません。何もない空間に投げ出されれば考えるのを止める以外に何もできなくなるでしょうし……それは永久にぐうたら寝られるので、アリなのでは? 九十郎は訝しんだ。
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