5-5



 徳兵衛の放った二の太刀としての脇差を肘と膝で挟み止める龍姫。龍姫の放った寸鉄の一撃を踏みつけて回避する徳兵衛。龍姫の苦無の一撃を徳兵衛が刀の柄頭で弾き砕き、徳兵衛の突きの一撃を龍姫が隠し持っていた鉄扇で往なします。二人の攻防は一進一退。部屋の物を壊し巻き上げ散らかして、あれよあれよと常人を捨て置いた魔技神業の応酬が、めくるめく武の祭典へとその場を塗り替えていきます。

 というか、九十郎はその間、呆然として立ち尽くしていた。


「いや、でたらめ人間の万国ビックリショーとか、せめて他所でやってくれる!?」


 ついに二人はお互いの徒手空拳で血みどろの戦いをし始めていたところで、手を止めて互いに距離を置きます。

 そして口々に言うには、お互いへの罵倒、お互いへの警告、九十郎に逃げるように諭し、九十郎への萌える救出シチュエーションの吐露、お互いへの嫌悪と怒りの言い合い、そして最後に。


「こいつ、禄でもないぞ!」「こやつ、禄でもありませんよ!」


 仲いいなー


 そしてまたお互いに、どちらからともなく手が出る足が出る。また超人同士の武技が交わされ始めます。

 もはや九十郎は部屋の隅で体育座り。目の前の非日常を眺めます。

 黒貌和尚が九十郎の隣に腰を下ろして言います。


「もしや、九十郎、あなた中心人物なのに蚊帳の外ですか?」

「あ、わかる? 私もそんなこと思ってた。というかこの戦い、どっちが勝っても私が幸せにならねぇ……」


 黒貌和尚が少し考えるそぶりを見せ、そして言います。


「なら、この両者を戦わせればよいのでは?」

「もう戦ってますが?」

「化け物には化け物をぶつけるんだよ?」

「お前それが言いたかっただけだろ。というか疑問形じゃねぇか」


 しかし、二人の戦闘が、龍姫の嫁入り道具を使って激化してきたころ、九十郎は思いました。


「確かに。両者共倒れが一番良いな」


 この間、ニャルラトホテプが笑いをこらえるまでコンマ一秒。


「今なんか、笑いそうだった?」

「いいえ、良い作戦だなと」


 その表情には堂々と、駄目だ、まだ笑うな。しかし……と書いてありましたが……

 疑惑の視線を向ける九十郎から視線を逸らしながら、黒貌和尚は部屋の窓を指さします。


「とりあえず、逃げてはいかがか?」


 部屋では変わらず天を地に、地を天にの大騒ぎ。


「まぁ……確かにそうである」

「でしょう?」

「でも、ニャルラトホテプが言うと途端に策謀の臭いがして……」

「そんなそんな。何時私があなたを策に嵌めました?」

「お? 殴れば思い出すかな?」


 しかして、部屋の中では変わらずの大乱闘ワイフ&ブラザー ~景品は邪神の貞操~ が行われており、景品としましては留まる理由もなく。


「じゃ、二人の決着がつくまで待つんです?」

「それはない」


 九十郎はそっと、しかし急ぎながら窓から這い出ました。



 窓から出ると、そこは月明かりの広がる見事な御御御家の庭。整地されて雑草一つない地面に転げ落ちた九十郎は周囲を見渡します。人気はなく、じわりとした湿り気のある夜風に、遠くで虫の鳴く声と……背後の元居た部屋からの怒声と物が壊れる音。屋敷の塀は高く、何の道具も無しに上るのは大変そうです。

 離れとはいえこれだけ大騒ぎを繰り返せば、流石に夜間とはいえ何事かと人が、警備の兵が集まり始めています。部屋から逃げるに絶好のタイミングだったことでしょう。

 このまま表へ逃げれば、誰かから事情を聴かれて足止めをされるのが落ちだと考え、九十郎は屋敷の床下へと潜り込みます。


「(まずは、距離を稼ごう。怪獣大決戦が終わらないうちに、あわよくば御御御の家から逃げ出して、戦だので命を落とす心配のないところで、日が昇って落ちるまで布団にくるまって過ごす日々を手に入れられるかもしれない)」


 床上からはドタドタと音が絶え間なく続き、九十郎に構う者など居るはずがなく。蜘蛛の巣や埃にまみれながら、狭さで足腰に痛みを感じながら、九十郎は屋敷の正門の方へ這いずって行きます。

 床下の狭い隙間をそのまま這っていけば、月明かりに照らされた屋敷の正門が臨める場所へと出られるでしょう。このまま、兄にも嫁にも見つからず、あわよくば居なくなったことを御御御家の者に気付かれずに外へ行けるのでは。そうすれば、本当にただただ布団にくるまっている生活を送れるのでは?


 床下の外まで、あと五メーター。

 頭上では変わらずどたばたと音が。


 床下の外まで、あと四メーター。

 何やら女中の悲鳴のようなものやら、警備の兵の悲鳴のようなものも。


 床下の外まで、あと三メーター。

 何か物が壊れるような音とか怒鳴り声とかゴリラのドラミング音とか。


 そして、床下の外まで残り


「みぃつけた!」


 目の前には、逆さの徳兵衛の顔がありました。

 一瞬固まる九十郎。

 そして微笑む徳兵衛。


「こんなのってあるー!? ってか、普通は残り一メーターまで待つところだろぉ!?」


 徳兵衛は床板を外してそこに首を突っ込む形で、床下に居る九十郎を見つめていました。

 しかも、瞬く間にするすると床下にその体をねじ込んで来るではありませんか。


「ぎゃああああああ!! お化けだあああああ!!」


 咄嗟に九十郎は狭い床下で方向転換し、来た道を戻ろうとします。


 しかし、自身の来た道には、黒髪を振り乱して四つん這いで迫る白無垢の女の姿が。


「ぎゃああああああ!! こっちもお化けだあああああ!!」


 両者から逃げ出そうとする九十郎。しかしダブルお化けは早かった。

 左足を龍姫が、右足を徳兵衛が掴み、各々自身の方へ九十郎を引っ張ります。


「いやああああ!! 裂ける! 裂けるチーズみたいに、裂きイカみたいに!!」


 いえ、あなたはイカでなく、タコ。


 ところが唐突に、両者共に引っ張る手を止めます。引っ張るなと言うのを聞いてくれたのかと思いきや……むしろがっちりと足を左右から引っ張ったまま押さえています。


「ああっ、捨丸の褌が!」

「ああっ、あれが九十郎様の臀部ですね!」

「よし、引っ張ろう。もっと明るいところで見よう」

「同感です。これはもっとしっかりと眺め撫でまわすべきですわ」

「ついでに味も見ておこう」

「大丈夫ですよ、九十郎様。食物としては食べませんよー」


 突如、床下から引っ張り出されそうになる九十郎。咄嗟に近くにある柱に抱き着きながら必死に抵抗します。


「やめろぉ! なんで痛いか羞恥かの二択なのだ!? というか何でこんな目に会わねばならんのだ!!」


 そうして次第に柱から引きはがされていきます。


「た、助けて、いやあ! いやあぁ! 助けてハイドラ! 助けてダゴン! 裂きイカも変態もいやだぁぁあああああ!!」



 そんな叫びを誰かが聞くでもなく……





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