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 それを脇から覗き込んだ黒貌和尚が言います。


「手記ですね。毎回その手の手記を読んだ探索者が阿鼻叫喚しながら気づいてはいけない事実に気付き始めてハッとするあの様、私好きなんですよ」

「いや知らんがな。そんな悪趣味」


 日記には特にどこか破れた様子も無く、納めてあった箱も何事も無さそうだと確認し、九十郎は箱に日記を戻し……


「いやいやいや、何してるんですか、九十郎」

「え? いや、片付け」

「そうではなく、そうではなく、ですよ?」

「ん? どういうことだ?」

「日記ですよ? 手記ですよ? 怪しさ満点の人物の! しかもその人物が今この場に居ないという、まさに盗み読みするには絶好の機会では!?」

「なんでわざわざ自分から藪の中の蛇を探さなきゃならんのだ?」

「読むでしょそこは!? バイオなホラーゲームでは手記は読むものですよ? というか私が日記の内容気になる!」

「知らん! 自分で読め!」


 と、龍姫の日記を黒貌和尚へ突き出す九十郎。

 少し真顔になり、日記を受け取った黒貌和尚は、とてもとても悪事を思いついたと言わんばかりの悪い笑顔で九十郎に言います。


「あっ! そうですかそうですか! いやあ、夫公認で妻の日記を読んでいいと、ほほう、ほほほう」

「な、なんだよ、そこまでは言ってないぞ!? あと夫じゃない……残り数時間は」

「安心してください、九十郎。私、和尚としてしっかりと、龍姫に伝えておきますので」

「おいよせやめろ」

「ちょうどよく筆と墨もございますし? ここに九十郎のサインとか残せばよろしいか?」

「やめろバカやめろ!」

「というか考えてみてくださいよ、九十郎」


 日記を取り返さんとして迫る九十郎にあっさりと日記を差し出しながら、黒貌和尚は続けます。


「どうせ見たことを疑われる状況なのですよ? あの姫の情報をあなたも知りたいでしょう?」

「知らんでも別に良くないか?」

「あー、まだわかりませんか?」


 黒貌和尚の悪そうな顔が、九十郎に迫ります。


「つまり、日記の中からスキャンダルを見つけて、彼女が妻にふさわしくないってことを内外に示すんですよ。そうすれば……結婚は免れられます」

「……なる、ほど?」

「そうなれば、あなたの貞操の危機が尻だけで済みます」

「なる……ほど?」


 なんだか乗せられ始めている気がしないでもない九十郎の手元から、黒貌和尚は日記をさっと取り上げて開き、開いたままで返します。


「さあさ、読みましょ読みましょ。私、この手の日記の内容、気になるんですよ~」

「やっぱりお前が読みたいだけじゃねぇか!」



 さて、そんなこんなで日記を読むことになったわけですが……その内容というのが……



――――

 △▲年〇月×日


父上が亡くなった。

家長は長男である、上鷹かずたか兄上が継がれた。

これからは、上姉様であるたき姉様、下姉様であるこい姉様、三女である私の三姉妹で支えねばならない。

どんな手を使っても……


――――


「開幕重い日記なんだが!?」

「開いた場所が悪いんでは?」

「ってか、ニャルも見るのかよ」

「ええ、気になりますから」

「じゃあ聞いても良い? この、年月がよくわからんのだが……これは何時のことだ?」

「あー、約10年前ですかね」


 顔を寄せ合って日記を盗み見る邪神二人。


「んー、取り留めのない日記の部分は読み飛ばして良いよな?」

「いいんじゃないですか? 先、気になりますし」

「このゴシップ好き邪神め」

「はは、おまいう」


――――

 ◇□年×月◇日


上姉様、滝姉様が遠く、多羅里嗚たらりおの地へと嫁がれた。滝姉様は任を帯びてこれを成される。

龍は滝姉様が任を成されること、遠くこの申奈阿須さるなあすよりお祈りしております。

そしてもうじき、下姉様、鯉姉様も嫁がれることでしょう。私たちも技を磨き、任に備えなければ……


――――


「なあ、ニャルよ?」

「なんですか、蛸よ」

「この……た? たらりお? たらりおん? というのは?」

「確か、既に滅んだところですね」

「滅んだ……ちなみに何で?」

「ええ、内紛で」

「内紛」

「一説には、嫁いできた奥方の計略であると。嫁いできてすぐ、領主が謎の病死を遂げておりますからな」

「アウトぉぉ!!」


――――

 □〇年□月●日


下姉様に続き、龍もまた嫁ぐことが決まりました。

私たち三姉妹は、女であることを利用し、我が家の敵を屠ってまいりました。

すべては、我が家のため……

龍が嫁ぐ先の御御御家とはどんなところなのか……いえ、龍の技術をもってすれば、そもそも任を成さずとも、もっと手っ取り早い方法があるのではないかと思うのです。

そうですとも。あの智爾の国が手に入れば……もう私たちが弱小の家である時が終わるのです。


――――


「おっと? 御御御家って、うちでは?」

「そうですね」

「しかもこの嫁、嫁ぎ先を滅ぼすつもりで来てるのでは?」

「そうですね」

「しかもしかも、場合によっては嫁いだ先の夫を殺しているっぽいのだが?」

「場合によってでは、ではなく、まさに、であると」


 九十郎の顔に脂汗が湧き出ます。


「あー! あー! 先月、そういえば! あの人間の女、布団の中に! あー!」

「落ち着いてください。何の話です?」


 九十郎は先月、龍姫が自身の布団の中に気が付けば居たことを明かします。


「んー、なるほど。でも、あなた死んでないじゃないですか」

「え? ……言われてみれば」

「それに、まだ日記に続きがありますよ。ほら、先を捲って。早く」

「こいつ、他人事だと思って……」


 そして日記は、先月の日付、あの日のことが書かれているようで……


――――

 □〇年□月◆日


ああ、ああ、ああ……運命に会いました。

あああ、あああ、あああ、ああああああアあぁあ……

そうですねそうですねそうですよね。邪魔なモノは消しましょう。しましょう。しょう。しょ、しよ、しし、しましょ。

龍は運命に会いましたましたましましたたた。た。


あの人が、龍の、愛する人。愛する人のために、滅ぼさなくては。


上鷹兄上は山へ芝の如く刈られに。

滝上姉上は河へ洗濯されに。

鯉下姉上は桃の様に真っ二つに。

これで、煩わしさはありません。何も龍を縛る物もありません。


あとは、あとは、愛する人との間に、や、やや、ややこが、できできできれば、ばぁああああああアあ



めでたしめでたし。





ところで、どうして龍の日記を見ていらっしゃるのですか?


――――


「ぎゃああああああ!!」

「落ち着いて下さい、クトゥルフ。慣れてませんか? こういう発狂した手記」

「慣れる慣れない以前にビックリするでしょ!? どこかで見てるの!?」

「狂人の発想で本人も意味が解らぬままそう書いただけですよ。九十郎と接した際に狂気に落ちたんでしょう」

「これではホラーじゃないか、まるで!!」

「あなた、すっかりアイデンティティが揺れてますね。人間みたい」

「誰かのせいで今は人間なの!」


 などと話していると、こちらへ近づいてくる誰かの足音が聞こえてきます。

 この屋敷の離れに近づく者など、そう多くはありません。使用人も用が無ければ主人の寝室になど近づかないはず。屋敷の御御御家の誰かが九十郎を訪ねる時ぐらいしか近づくことはないはずです。あるいは、例えばこの離れにこれから九十郎と同居し始めるような人でもなければ……


「ま、まさか、日記を盗み見たことをあの女が察知して……ええい、探知の魔術か!?」

「いや、この世界の人間、魔術は使えませんって」

「じゃああれか? これも狂人の発想が時空を超えて謎の察知能力を授けてるとかなのか!?」

「いや、うーん、強いて言うなら……」

「強いて言うなら?」


 ぽん、と手を打って何か納得した黒貌和尚が微笑みながら言います。


「その場で美味しいと思う状況を私のような者が作ってるときでしょうか?」


 直後、九十郎の蹴りが黒貌和尚の脛、弁慶の泣き所に入ります。

 悶絶して座り込む和尚を他所に、九十郎は何とかして日記を元あった箱へ押し込み、置く場所を探します。


「何するんだこの寝坊助蛸! 脛はやめなさいよ! 痣になるでしょ!? この美しい肢体に痣が!」

「いちいち自分の体作れる奴が痣の一つや二つでとやかく言うな。というか今それどころじゃねぇ!」

「なら蹴らなくて良かったんでは!?」


 もはや何が何やら認識せぬまま、その筆箱を鏡台の上に乱暴に置き、とにかく物を重ねて一塊にしていきます。


「いや、九十郎、急ぎとはいえちょっと雑では?」

「今それどころではないというか貴様も手伝え!」


 などと言っていると、部屋の入口、障子戸が勢いよく開け放たれ、そこから何か、人型のモノが現れます。



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