第五話 スキスキくとぅるふ★デラックス
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深い深い海底の更にその底、人智及ばぬ古の封印されし都市ルルイエが、その最奥にある祭壇にて……夢を見ながら待つクトゥルフは……
「うぅ……ううぅ……」
悪夢に泣いていた。
「知ってるぞ、このパターン。どうせ、どうせ今回も夢だろ!? 捨丸が見ている夢なんだろ!? 流石のグレート・オールド・ワンもくじけるぞ! 泣くぞ! ほら泣くぞ!」
そう言いながら丸まってめそめそし始める、悪夢を振りまく邪神。
そこへやってきた魚頭の巨人、この間現れた家ほどの大きさのあるダゴンより一回り大きいその魚人、名前はハイドラといい、ダゴンの妻であると言われています。
ハイドラはクトゥルフに言います。
「嗚呼、クトゥルフ様、お加減が良くなさそうだとお見受けしますが……」
「お、おお……ハイドラか……ハイドラかぁ」
「え? な、なんでしょうか?」
クトゥルフの脳裏に過ったのは、前の夢、ダゴンが『とろろがけ活け造り』にクラスチェンジするという夢でした。となれば、この流れで現れたハイドラもきっとなんかあるに違いない。
「もう、もう、もう活け造りではビビらんぞ」
「あの、先ほどからずいぶんと……その、クトゥルフ様は正気を失っておられるご様子ですが……」
「もう……勘弁してほしい。もう……」
「モウモウと鳴いておられる……なんだかわかりませんが、おいたわしい」
クトゥルフはボールのように丸まりながら心配するハイドラに言います。その巨体で丸まる様はもはや山そのものでした。あるいはマリモ。緑色してますし。
「ここ最近、悪夢が酷いのだ。余の、余たる、余が零れ落ちて消えていくような恐ろしさに襲われている」
「まぁ、クトゥルフ様が押し付ける悪夢が好調である、ということではなく?」
「そうではないのだ」
「といいますか、その、悪夢を見せる御方が悪夢に苦しむとは、一体?」
「それは余もおかしいと思っている」
この世の神秘を明らかにする光すら届かぬ、人類の知らぬ、知ってはならない災厄の権化は、人知れず怯えていました。いや人が知らないのは言わずもがな。
今見ている悪夢では、今度は何が起きるのか、と。
「(く、この余が、人々の心根に眠る狂気呼び覚ます真の地球の支配者クトゥルフが、まさか、人々に悪夢を見せ続けてきた余が……悪夢に怯えて縮こまる日が来ようとは……)」
その様子をみて、ハイドラはおずおずと声をかけます。
「あの、クトゥルフ様……」
「お? なんだ? 活け造りか? 踊り食いか? 空から御爺様がアゲインか?」
「な、何のことかわかりませんが、今のクトゥルフ様は余程不調の御様子。見ていてとても心苦しく思います」
「え、あ……お、おお、そ、そうであったか。うむ……いかん。これでは捨丸が余としての夢を享受する悦に浴しているとしても一切の疑念も抱かぬ状態ではないか。なんだか、捨丸の時の様に振舞っている自身こそが……くっ、ニャルラトホテプめ……」
ややクトゥルフとしての正気を取り戻し始めた彼の目の前に、ハイドラがなにか大皿にクローシュを被せた物を差し出します。あ、クローシュって、高級洋食レストランとかである銀色の半円形の被せ物のことです。
「は、ハイドラ? その、その皿は一体なんだ?」
「はい。クトゥルフ様の滋養に良さそうなものをご用意したのです」
「待て、待つんだハイドラ、この流れ、余はデジャブに襲われておる! 止めよハイドラ!」
そういうクトゥルフの言葉を他所に、ハイドラは皿のクローシュを取り払います。
「活け造りは好かないということでしたので」
クトゥルフは、“ダゴンと”目が合いました。
「作ってみました」
ハイドラの持つ大皿の上、ダゴンの虚ろに白化した目にクトゥルフの姿が反射します。
「
そこには、首だけになり力なく口を開けたダゴンが、その兜煮が微動だにせずに天を仰ぎ見ていました。
ハイドラは何やら恥ずかしい物でも見せるように肩を竦めながら、語尾にハートが付きそうな言い方をしました。
「兜煮って、もう生首じゃねぇかああああああああ!!」
思わずクトゥルフは叫びます。
「いえ、生ではなく、煮込んでいます」
「そういうことじゃあねぇよぉぉ!! ああああー!! やっぱこれも悪夢じゃねぇか!」
クトゥルフは身もだえしながら、更にのたうち回り、悪態をつきながら咆えます。
「おのれ、クソニャルラトホテプぅぅう!!」
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