4-1
◆
眠気に襲われて、うつらうつらと頭を振り、船を漕いだ勢いで捨丸は目が覚めました。
先ほどまでの眠気が嘘のように、目ははっきり覚めております。
「あ、いけない。寝てた。……寝てた? 今のタイミングで寝たら絶対碌なことにならないタイミングじゃなかった?」
そう言いながら寝ぼけ眼を擦ります。
が、目を開いても周囲は見えません。真っ暗なままです。
「(目が見えなくなった、とかではないな。うっすらとだが、周囲が見える)」
半ば手さぐりに近い形で自分のいる場所を確認した捨丸は、自分がどこかの物置か、あるいは押し入れの中に居ることに気付きます。どうやら、狭さからして押し入れの中のようですが……
「(なんでこんなところに)」
ふと、脳裏に捨丸の兄、徳兵衛が浮かび、さてはまた逃げてきたのだな、と思いましたが……
「(何か、忘れてる気が……あれ?)」
そういえば、誰だったかに、セカンドバックのごとく小脇に抱えられて持ち帰られていたような?
捨丸はそんなことを思いつつも、見つけた微かな光に指を差し込み引き寄せます。どうやら、これは押し入れの引き戸のようで、あっさりと開きます。が……
直後、誰かが押し入れの
「うほっ、見つけたぞ、俺の今夜の
そこには、ゴリラが居た。
それは、人というにはあまりにも彫りが深すぎた。鼻が大きく、唇は分厚く、全体的に圧が重く、そして、顔の作りが大雑把すぎた。それは正に、ゴリラだった。
「ぎぃぃあああああああああああ!! 食われるぅぅう!!」
突如として現れた五里良騨に、捨丸は思わず蹴りを放ち、これが押し入れを覗き込んでいた五里良騨の顔に見事に入りました。
思わず鼻を抑えながら悶絶する五里良騨の脇を走り抜け、捨丸は適当に目の前にあった障子戸を開けて外へ出ました。どうやら、そこは廊下のようですが、しかし……
「え? どこだここ!?」
部屋を出ると、そこは中庭でした。
見るに、捨丸の居た御御御家の屋敷ではなく、全く知らない屋敷の中庭が目の前にあるではありませんか。
中庭から見える空は既に宵闇に沈み、煌々と輝く月と星の瞬き、そして微かな屋敷の明かりだけが、薄ぼんやりと周囲を照らしていました。
「というか、寒いな。なんでこんな格好!?」
見れば、自身の格好は薄手の肌着一枚。さらには腰帯が無く、前は開けられ下着の褌が丸見え。まだ初夏の頃、時刻も夜中。流石に寒すぎます。
「しかも、なんか、口ん中なんか埃っぽいし……体のあちこちが擦り傷だらけなんだが? 足チクチクするし」
更に自身の体には、あちこちに切り傷や擦り傷ができており、髪にも蜘蛛の巣らしきものがついていたり……足の裏にはよく見れば小さなトゲが刺さっていたりします。
「んん? こ、これは……血では!?」
見れば、左手の手の平には血がべったりと付着していました。
「え? 血だよね? 血で合ってるよね? 人間の血って、インスマスみたいに赤いよね? 蛸みたいに青くないよね?」
かといって、自身の体にそれほど出血する傷があるようには見えません。
「も、もしや……あのゴリラとそんな激しいプレイを……? それ以前に、余の尻は無事なのか!!」
一体なぜこんな状態になっているのか。そもそも、ここはどこなのか。
捨丸は何とかして、ここまでの経緯を“思い出そう”とします。
五里良騨に抱えられ、タチヨタカみたいに目を見開いた顔をした銀暮にガン見されながら、捨丸は国境を越えて井々是の領地、
煉の国はとても広い荒野に位置しており、小高い丘の上に築かれた塀の高い大きな砦を城としていました。
サイドバックの如くぞんざいに抱えられたまま井々是の城へと連れ込み、その流れで寝床へ向かおうとする五里良騨に、捨丸は言いました。
「お待ちください。このままでは、殿に恥をかかせかねません。まずは湯あみなどしたいと存じます」
五里良騨がそれに返しました。
「汗か? それなら問題ない。むしろこれから汗をかくのだからな」
「いいえ、それだけではありません。準備はもちろんのこと、空腹を耐えてこそ美食は更に味を良くするのです」
「しかしだな、据善食わぬは……」
「男たるもの、相手に恥をかかせぬも甲斐性でございましょう。なにも、楽しみにしているのは殿だけではございません」
そう言って、五里良騨の体からするりと抜け、腰帯だけ残してその場を去る自分という、困惑待ったなしの記憶を捨丸は読み取りました。
「(いや誰だよお前)」
更に記憶をたどると、五里良騨の傍から離れた直後、急ぎ足で
そして、どこに持って居たのか短刀を取り出し、厠の角の隅に背中を押し付け、その両脇の壁に手足を突いて上ります。そのまま天井付近まで上り、天井に短刀を突きさします。刺しては抜き、抜いては突き刺してを繰り返します。どうやら、四角に斬りこみを入れているようですが……
「(なに? 何やってるの?)」
困惑止まぬクトゥルフを他所に、捨丸は先ほどまで突き刺していた天井に手を当てて力を込めて押し上げます。すると、先ほどまで短刀でめった刺しにしていたこともあり、天井板がメリメリと音を立てて外れます。
そうしてできた天井の穴に体をねじ込むように押し込み、捨丸は井々是の城の天井裏に忍び込みました。
「(アイエー!?)」
先ほど押し上げた天井板を被せて穴を塞ぎ、足の裏に木のささくれが刺さることを気にも留めず、捨丸は天井裏を歩いてどこかを目指します。
ある部屋の上で立ち止まり、ゆっくりと短刀を天井に突き刺してできた穴から部屋を覗きます。クトゥルフの視点では穴が小さすぎて何が何やらでしたが、捨丸はそこから見えるほんの僅かな情報で、どうやらそこが目的の部屋だと察したようです。
慎重に、厠の天井と同じ要領で天井を切り取り、物音を立てないように気を付けながら部屋に下りました。
どうやら、書庫のようです。そこからいくつかの書物に目をつけて抜き取り、流し読みします。
「(うわ、暗いのによく読めるな……なになに? 煉の国の交易相手、収益の具合。こっちは塩や食料の残量が書いてある物。色々な帳簿か? もしや、捨丸、この機に乗じてスパイ活動してる?)」
しかし、何やら目的の物は見つからないようで、更に書物を漁っていきます。
ところが、書庫に近づく足音を、捨丸は聞き取ります。
「(い、いかん! 今一度天井に逃げるんだ捨丸! 忍び込んでいることが解れば殺されてしまうぞ!)」
いや、これ、過去のことですからね?
書庫に近づく足音と明かりが何かを察知したのか、障子戸の前で止まります。急ぎ、捨丸はその何者かが居る障子戸の脇に身をかがめて、短刀を手に取りました。
その直後、恐る恐る開かれた障子戸から覗いた男の顔目掛け、捨丸は飛び掛かります。覗き込んできた男の口を左手で蓋い、軽業師のごとき身のこなしでその背後に回り込み、書庫へ引きずり込みました。男が持って居た明かりが男の手から零れ落ちましたが、捨丸はそれが床に落ちる前に器用に足の指でつかみ取りました。
「(いや、あの……え? もしかして、捨丸、強いの? え? ええ? じゃ、じゃあ、余、余も“捨丸として”強くてもよくない? ダメなの!? えこ贔屓ぃ!)」
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