第四話 挨拶前の狂気判定は一度までなら許される

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 遥か深淵の奥彼方、ルルイエの祭壇にて、クトゥルフは目覚めました。


「はっ! ゆ、夢か……悪夢だった」


 その緑色の肌に玉のごとき汗を浮かべ、悪夢から目覚めてもなお封印の倦怠感に包まれながら、祭壇の上でゆっくりとその身をねじり寝返りを打ちます。


 その様子を眷属であるダゴン……家ほどの大きさがある巨大な魚人が、その虚ろな目で見つめます。とはいえ、クトゥルフは山より大きいので、サイズ感がいまいち掴みにくいですが。


「ああ、ダゴンじゃないか」

「お目覚めですか? ずいぶんとうなされておられましたが……」

「うむ、悪夢であった……いや実に、そう、恐怖を覚えたよ」

「悪夢を見せるお方が悪夢にうなされるとは、よほどの悪夢だったようで。心中お察しいたします」


 と、ここでクトゥルフにとあるイメージが浮かびました。


「ん? そういえば、ここ最近、似たようなことがあったような?」

「似たようなこと、ですか? 如何なることでしょうか?」

「こう、“悪夢から目覚めたけど、そこはまだ夢の中の夢で、調理された眷属と対話する”とかいう……とか……ま、まさか!?」

「まだ夢心地なのですね。御辛そうだ……」


 ダゴンの姿を見て、クトゥルフは驚愕しました。

 なんと、真っ白な皿の上に首だけ乗り、何かの肉と一緒に陳列されているではありませんか。そう、ずばり、活け造りみたいに! 活け造りみたいに!! 乱暴した後なんでしょう!? 活け造りみたいに!!


「う、うわぁぁぁぁぁあああ!! だ、ダゴン!! なにが、何があったというんだ!?」


 その状態でダゴンは言います。


「何をおっしゃっているのです? 大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない、問題だ!」

「あ、私の事でしたらお気になさらず」

「気にするよ? 普通は気にするよ!? むしろ気にしなかったらそいつのが大丈夫じゃないだろ?」

「大丈夫です。鮮度は抜群です」

「違う、問題はそこじゃない。そして聞いてない」


 クトゥルフは思わず封印で重い体をよじりながら悶え、祭壇から逃げ出そうとします。


「こんな場所に居られるか! 余はゾスに帰らせてもらう!」

「帰れるんです?」

「帰れないけど帰りたい! 帰る!! 帰るぅ!!」

「まあまあ、お待ちください。クトゥルフ様」


 ダゴンは尚も冷静にそう答えました。

 クトゥルフはその言葉を受けて、改めてダゴンを見ると、そこに謎の白い粘着質な液体がかけられていくではありませんか。


「今から私、『活け造り』から『とろろ掛け活け造り』にクラスチェンジするんです」

「どうでもいいわい!」

「何言ってるんですか、大事な事ですよ?」


 そして、ダゴンは言います。


「この夢から覚めたら、そのうち、あなたの食卓に私が行くんですから、


 ふと、沈みゆく意識の中で、クトゥルフは思いました。


「(あ……次、ニャルを見かけたら、全力で殴ろう)」





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