3-2
ケタミキと名乗る老人に自身の馬の手綱を引かれ、少し不安になった捨丸でしたが、徳兵衛はそれを他の村人と話しながら見送り、黒郎は黙ってついてくるのを見るに、あまり警戒しなくても良いのだろうかと……
「(でも、ニャルのことだから、トラブルでも黙って見てることありそうだな)」
一瞬だけ気を許しかけました。
老人に引かれ、青々とした若葉の茂る木々が立ち並ぶ道を抜けていきます。木には何かの果物が青く実っており、土地の豊かさを感じさせました。
捨丸はふと気になって、老人に、ケタミキに聞きます。
「ところで、戦になることが予測されるのに、他の土地に逃げたりはしないのか? せめて、えーっと、智爾の国の南方へ逃げておく、とか」
ケタミキは笑いながら答えます。
「いえいえ、親しみのある土地ですし、畑を捨てていけば餓えてしまいますで。それに、私はこの村が好きですからな」
「(なるほど。実りは確かに良さそうだからな。飯を食える場所に居たがるのは生き物として当然か)」
などと思っていた捨丸に、ケタミキは続けて言います。
「あと……この村の近くでは戦が起きますでしょ」
「ん? ああ、国境なだけあって、戦に巻き込まれるのは今回だけではないんだな」
「ええ。そこが良いんですよ」
ケタミキはにっかりと頬を吊り上げた笑みで捨丸に振り返り言います。
「戦は、儲かりますからな」
「……はい?」
自身の耳を疑った捨丸を他所に、ケタミキは続けます。もう彼は前を向いて捨丸の馬を引いており、捨丸からはその表情は窺えません。
「戦がおきますと、討ち死にした死体が転がりますでしょ? 鎧や刀は金になりますで。良い鉄は道具にできます。他にも何か装飾などされて居ようものなら、死人には必要ではありますまい。生きている我らの銭、味噌や塩の金に換えた方がずっと有益でしょう」
「も、儲かる、ってもしやそういう……」
「戦場は、金が転がっておりますでな。いやぁ、戦は待ち遠しいものですよ。ええ」
そういって、ケタミキは高笑いをします。
どうしてこの世界の老人って怖い人ばかりなんでしょうか?
「とはいえ、時々、生き残った方も見かけます。落ち武者などと呼ばれる方々ですね」
「ああ、負傷兵のこと、かな? あるいは捕虜か」
「ええ、その方々をしっかりと、“持て成さなければ”いけませぬ」
「あ、なんだ。良かった。けが人はしっかり世話してるんだな」
「はい、落ち武者は、村の若い衆で取り囲んで息の根を止めてから剥ぎ取っております」
んん!?
「時々、良い素材が取れるんですよ。なので、村の若い衆へ、戦が終わる度に『一狩り行こう』と毎回声をかけております。一度の狩りで多くの落ち武者を討てれば、その分素材も増えますでな」
「人狩り行くな! 連続狩猟クエストみたいに言うんじゃない!!」
思わず捨丸は黒郎に助けを求めるように振り返ります。
黒郎は面白半分に見ているような顔で捨丸に言います。
「頑張ってくださいね。捨丸が落ち武者になったら、クトゥルフ討伐イベントとかになっちゃいますから」
「おう、お前がタンカーの乗組員を煽って特攻させたの忘れてないぞ」
「では次回は、落ち武者狩りのハンターたちを煽りますね」
「やめろ。ますます戦線に出たくないんだが!? 戦に勝たないと死ぬじゃないか!」
「でもこの世界では“一番槍は名誉”ですから。皆が譲ってくれたものですよ、捨丸」
「クーリングオフを、消費者センターに電話したい」
「それに勝てば良いんですよ。ね? 簡単でしょ?」
「簡単な訳あるか!」
などと話している間に、道沿いに平屋の木造の建物が見えてきました。
ケタミキが言います。
「ああ、馬小屋が見えましたぞ。そして、この道をまっすぐ行って土手を上がりますと、国境の川は目の前でございます」
黒郎がケタミキの労をねぎらう言葉を口にする間、捨丸はいつ乗ったのか、どう乗ったのか分からない馬からゆっくりと探り探り降りました。
ケタミキが何かを思い出したように捨丸に言葉を付け加えます。
「そうだ。今回の煉の国から来る武将、
「イイぜ?」
「はい。井々是の武者で城持ちの、
「スケベ!? いやなんて名前だよ」
黒郎が捨丸に捕捉を口にします。
「
「まるで私がスケベみたいに言うんじゃない……いやしかし、すごい名前だな」
「いえいえ、彼のフルネームは
捨丸の顔が思わず真顔になります。
「いや、あかんやろ」
「すごい名前でしょ?」
「スケベを推奨するゴリラにしか思えないじゃん! おいニャル! ネーミング! ネーミングセンス! 誰だ設定考えたの」
「ちょっと、人の名前をまるで創作で一発ネタとして掴みの為に作った安易な名前みたいに言わないでくださいよ。というか、私が名づけ親じゃないですし」
「本当に誰だよその名前考えた奴。助兵衛がまだ語源の前ってのは一歩譲っても、ゴリラだ、って……考えた奴絶対ゴリラみたいな顔だよ」
……
「ちなみに、捨丸、この世界にゴリラは居ないので、五里良騨という名前もこの世界の住人はそこまで奇天烈には感じてないかと思いますよ」
「マジかぁ」
「なので、ゴリラで笑っているとおかしな人に見えます」
いえ、そもそも話してる内容的に白い目で見られてますよ。
「ともあれ、とっととあの小屋の向こう、国境の川を見てミッションは終了だな。さっさと行ってさっさと帰ろう」
「え? 今からですか? ちょっと待ってください」
馬を馬小屋に繋ごうとしていた黒郎の言葉を聞かずに、捨丸は土手を登っていきます。
「さっさと終わらせてさっさと帰って、寝るのが一番いい! 私は眠い!!」
話を聞かない捨丸が小屋の向こう、土手を越えて川の眺められるところまで小走りで行きます。
川は穏やかに清流を湛え、辺りに青葉の茂る木々が立ち並んでいます。川原は小さな石が敷き詰められており、ずいぶんと開けた場所であるようにも感じました。
水のせせらぎに多くの音がかき消され、開けた場所が故に音は空へ吸われていくような、不思議な感覚を覚える場所でもあるようです。
「(見るに、そんな軍勢とか居るわけではないようだな。よし、帰れる)」
と、そう思った直後、捨丸は気づきました。
「(待て。何も……あの家に帰らなくても良いのでは?)」
脳裏に過るのは、蛸を食する祖父。尻の貞操を狙う兄。愉悦面のクソ
「……何であんな家に帰らなきゃならんのだ」
思えば、そもそも自分は御御御家がどうなろうが智爾の国がどうなろうが関係ないのでは……クトゥルフはそう思いました。
振り返っても、黒郎、ニャルラトホテプはまだ追い付いていません。
となると、浮かぶ考えは一つ。
「(よし。逃げよう!)」
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