央都に鳴り響く鐘
ハルタとの一戦は今まで経験した戦いの中で最も楽しく、同時に一番心身共に疲れたものとなった。
俺の目の前で笑みを浮かべながら疲れ果てて倒れたハルタに急いで駆け寄った。
「大丈夫かハルタ?」
「うん。少し疲れただけ。それにしてもタツキとの戦いは楽しかったな。今回は負けたけど次やる時は絶対に負けないから」
「俺も楽しかった。またよろしくな」
「あらあら、ハルタさん全身傷だらけじゃないですか。今から治療しますから少し待っていてくださいね」
フレイヤ先生が近くに来てハルタの傷の処置を始めた。
「『精霊ルクスの異能が幻出し異能は我が下に、光の祝福よ、汝の器に再生の奇跡をアナヴィオーシャ』」
先生がそう唱えるとハルタの傷口がみるみる塞がっていった。今まで何度か治癒魔法を見てきたが、ここまで早く治しているのは見たことがない。フレイヤ先生の潜在魔力量の多さをこの治るまでの速さが物語っている。
「どうです? これでだいぶ痛みは治ったはずですが」
「先生、ありがとうございます! お陰でこの通りもうなんともないです」
ハルタはその場で飛び跳ねて、もうなんともないことを先生に示した。
「それにしても二人の試験は見事でした。今までにこの学校からあれほど素晴らしい剣術や魔術を兼ね備えて卒業する生徒を私は今までに見たことがありません」
「褒めていただきありがとうございます。ここまで来れたのは先生のおかげでもありますから」
「またまたいいこと言うわね。そうだわ、後で校長が二人と話したいっておっしゃっていたわ」
「俺たちに?」
これまで校長のテレシア先生とは話してみたいと思っていた。しかし、結局一年を通して忙しくて話せる機会がなく、色々と聞きたいと思っていたからちょうど良いタイミングだった。
俺たち二人は他の生徒たちがまだ後ろに試合を控えていたため、ウルドとカナリアが待っている観客席へと戻った。
今回の試験は学校関係者なら誰でも観戦することが可能となっていたので観客席はそれなりに埋まっていた。
先程の試合で目立ってしまったため、観客席では沢山に声をかけられた。それらの中には賞賛の声もあれば批判の声もあった。
「すごかったよお前たち」
「どうやったらこの一年であんな強くなれるんだ? お手上げだ」
「このインチキ野郎が! 加護を使って試験を受けるなんて不平等じゃないか」
「俺らにもその力分けろよ」
意見は様々であった。
なんとかそれらを掻い潜って元々座っていた場所に戻るとそこにはウルドとカナリアが俺たちを待っていた。
「お疲れ様ー! 見てて凄いはらはらだったよ。二人ともいつのまにあんなに強くなったんだろうって不思議に思ってる」
「ふん、二人とも俺よりお互いを倒すのに手こずったようだな。まだまだ俺には追いつけないわけか。俺は相手を一瞬にして倒したぞ。でもあれほどの戦いぶりを見せたのは褒めてやろう」
二人はそれぞれの言葉で俺たちを褒め称えてくれた。
各々が試験を振り返りながら他の生徒の試験が終わるのを待っていると自分たちの元へ貫禄のある女性、テレシア校長がやってきた。
「タツキさんとハルタさん今少しだけお時間よろしいですか」
「もちろんです」
俺たちは戦闘場にある教員待機室へと招かれた。
「さて、先ほどのあなた達の戦いは素晴らしかったです。フレイヤ先生から加護を持っていることは聞いていましたがあれほどまで使いこなせるとは思っていませんでした。さすがノルデンの教え子ですね」
「そんなすごいことじゃないですよ。俺たちは地道な鍛錬を沢山積んでここまで至ったので。それでどのようなご用件で俺たちを?」
「これからあなたたちがここを卒業した後の進路を聞きたいのです」
「実はまだそのことについては決めていません。何も案が思いつかなければこの世界を旅しようと思っています」
「そうですか。そういえば、あなた達宛てに騎士団への招待が来ませんでしたか?」
「はい、それについては卒業時に決めると言って保留にしてあります。なぜその話を知っているんですか?」
「実は毎年優秀な生徒の中から騎士団に数名入団していて、その推薦を私がしているのです。今回はあなた達二人もその推薦の中に入れたのです」
とういうことはテレシア先生の推薦もあってイヴェル副団長が俺たちを誘ってきたということか。
「もちろん私があなた達の将来を決めることはできませんから自分達で決めると良いでしょう。しかしどこにも行く宛がないのなら、私が快く二人を迎えますよ」
「というのは?」
「あなた達にここで教師をしてもらうということです」
「俺たちの力じゃ他人に教えることなんて……」
「私はその力をすでにあなた達が持っていると思っていますよ。どこにも宛がなく気が向いたらでいいですけどね」
テレシア校長が微笑んでくれた。テレシア校長には元の世界の祖父母のような温かみがあった。ノルデンが信頼を寄せている理由もよくわかる。俺はこの一年の間にもっと話しておけばよかったと後悔した。
ボーン ボーン ボーン ボーン
突然央都になんの前触れもなくベルが鳴り響き始めた。
「なんだんだこのベル」
ハルタが不思議そうに呟いた。
「こ、このベルは央都が襲撃されている際に鳴らされるベルです」
「襲撃!?」
「まず状況を把握する必要があります。一度戦闘場の観客席に二人は戻っていてください。私は騎士団集会所へ行ってきます」
テレシア校長は急いで室内から出るとその場で指を鳴らし風魔法を繰り出すと、ものすごい速さで何処かへ飛んでいってしまった。
戦闘場の観客席に戻ると辺りは騒然としていた。なんとか元いた場所に戻りカナリアとウルドと合流できた。
「どうなっているんだ? そんなにあのベルはやばいものなのか?」
「タツキお前は全くわかっていないな。あのベルはよっぽどのことがない限り鳴らされないんだぞ。この数十年一度も鳴らされなかった。何か央都で起こっていることは間違いないだろう」
いつも見栄を張っているウルドでさえ、真剣に話しているからよっぽどの緊急事態なのだろう。
「マジかよ!? じゃあやばいことにこれから俺たちも巻き込まれるってこと!?」
ハルタは焦った様子で頭を抱えた。
あたふたしていると空中からテレシア校長が降りてきた。そして会場にいる全員に向けて言葉を放ち始めた。
「現在何者かによって央都が襲撃されています。学校は教師たちが守るので安全ですから安心してください」
そしてテレシア校長はなぜか俺たちの元へ空中に浮きながら近づいてきた。
「タツキさんとハルタさんの力が必要です。一緒に騎士団集会所へ来てください。ここだけの話ですが敵勢力が騎士団で対応できる範囲を超えているのです。イヴェル副団長からも二人に手伝って欲しいということを承っています」
「もちろん、央都を守るためならばもちろん協力します。ハルタもいいよな?」
「ああ!」
「校長先生、私たちも二人について行ってはだめでしょうか?」
テレシア校長が後ろを振り返ろうとするとカナリアが呼び止めた。
「カナリアはここで待っていた方がいいと思うぜ。ここにいれば安全だ」
「ハルタ君はそう思うかもしれないけど、私二人の力になりたいです!」
「これから向かうのは戦場でギルドの任務とは違い対人戦ですよ。それでも行きたいというならばいいでしょう」
「はい、すべて承知の上です」
「わかりました。それでそちらの方は?」
「ふんっ、仕方がない。三人とも行くならばついて行ってやろう」
「よかった。これで四人揃っていつも通り戦えるね」
嬉しそうにカナリアが微笑みを浮かべた。
「あなた達四人も行くのですね。頼もしいですわ」
純白のマントに強固な鎧に身を包んだフレイヤ先生がやってきた。彼女はいつでも戦闘を行えるような格好だった。
「この子たちは私が連れていけると判断しました。それでは騎士団集会所へ向かいましょう」
俺は加護を自分の身に纏って、空中へ浮いた。自分以外は各自風魔法を唱えて空中に浮いて集会所へ向かった。
空から央都を見下ろすと所々で炎があがっていた。また、正門の方を見ると城壁が破壊され、黒い人影が大勢侵入してきているのがうっすら見えた。
騎士団集会所に着くと今回の襲撃の対策室に通された。対策室に行くと忙しそうにイヴェルと騎士団メンバーがテーブルを囲んで作戦を話し合っていた。
「イヴェル殿、学校より人員を確保してきました」
「ありがとう、テレシア校長。ハルタくんタツキくん、来てくれたのかい。今回君たちの活躍に期待しているよ」
イヴェルが順に目を隣へと移していった。
「な、なんでここにカナリアがいるんだ? 危ないだろう!」
お兄さんなら心配するのはわからなくもない。
「兄さん、危ないのはわかってる。二人の力になりたい、だから私はここに来た」
カナリアが強い眼差しをイヴェルに向けた。
「それにカナリアにもし危ないことがあったら俺たち三人が守りますから、安心してください」
ハルタが言った。
「二人揃っていうのならば仕方がない。でも、危なかったら自分の安全を一番に考えるんだぞ」
「うん! 兄さんありがとう」
カナリアがイヴェルに大きなハグをした。それまで緊迫していた状況からか強張っていたイヴェルの顔が緩んで笑顔になった。
「気を取り直して、作戦会議を始めよう」
央都を襲撃から守るべく作戦会議が始まった。
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