卒業試験
教室に向かうとカナリアとウルドが始業までまだかなり時間があるというのに早々に集まっていた。今まで剣術・魔術の選択にそれぞれ分かれて授業をしていたためウルドの顔を見るのは久しぶりだった。
「あ、タツキ君たちだ! おはよー!」
カナリアが上段の席から手を振ってきた。
「おはよう。今日がとうとうやってきてしまったな。カナリアは試験受かりそうか?」
「今まで学んできたことを十分に発揮できれば受かると思う」
「顔が強張っているけど、緊張しているのかウルド?」
「ふっ、この俺が緊張だと? するわけがないだろう」
ウルドは腕を組みながら何やら考え事をしている。足は貧乏ゆすりをしてその振動が辺りの床に響いている。
今日の試験は一年前同様の無差別に組まれた相手と教師の前で戦い、戦いにおける評価をもらう形式のものだ。
一年前を頭の中で回想する。あの頃はまだ戦い方を全く知らずクラス分け試験では相手に圧倒されてしまった。この一年を通して俺は格段に強くなった。試験は日々積み重ねてきた努力を発揮できる良い場所だと思い、楽しみで仕方がなかった。
過去のことを回想していると教室にフレイヤ先生が入ってきて、試験内容を説明した。説明が終わると戦闘場に向かった。
戦闘場の入り口には対戦表が張り出されていた。俺たちは周りを囲んでいる生徒たちの渦をかき分けながら近づいて対戦表確認をした。
「おいおいおい、俺の対戦相手ハルタじゃん」
「マジっ!?」
対戦表に近づいて自分の枠から対戦相手の枠まで指でなぞってもその先に書かれていた名前はハルタだった。
「こんなことになるとはな」
「でもこうしてタツキと正面から戦うのは初めてだからいい機会かもしれないね。対戦よろしく頼むよ親友!」
「おう、手加減はしないからな」
「私とウルド君は他クラスの知らない人とみたい」
「ふんっ、ザコに違いない。圧勝してやる」
「ふふ、そうだね。私も頑張らなくちゃ。皆それぞれ違うコートだからまた後ほどだね」
「そうだな。俺たちは順番が後の方だから二人のことを観客席から見て応援しているよ」
「四人で頑張るぞー!」
ハルタが拳を目の前に突きだしそれにつづけて俺たちが出すと、同時に拳をふれ合わせ試験への気合いを入れた。これは任務を行う時や何か重要なことを四人で取り組む時のルーティンだ。この一年間で四人の間にはいつのまにか強い絆が芽生えていた。
観客席で順番を待って観戦しているとカナリアの試験が始まった。カナリアの相手は彼女より体が遥かに大きく、肉付きが良い男だった。いかにも今まで筋トレしかしてきませんでしたというような体であった。見た目に衝撃はあるものの、一つ一つの動作は体が重いからか鈍かった。
カナリアは彼よりも体が小さく素早いことを活かした戦い方で相手を圧倒した。これまでの一年で彼女が学んだこと、経験したことを十分に発揮されていた。最終的に相手を倒し、試験は無事終了した。
カナリアが終了すると隣のコートでウルドの試験が入れ替わるように始まった。試験が始まると彼は、試験で他の誰も真似できないような量の魔法を詠唱して次から次へと相手に魔法を繰り出した。相手はその勢いに耐えられずに呆気なく戦闘不能になってしまった。一年前まで彼は口先だけの男だと思っていたが、今の彼は十分言動に見合った能力を兼ね備えている。
「そろそろ俺たちの番だな。ハルタ行くぞ」
「うん。二人とも凄かったね。俺らも二人に負けないように頑張らないと」
試験を行うコートに着いてお互いに構えると開始の合図がかけられた。
こうしてハルタと全力でぶつかり合うのは初めてだ。いつも協力して戦っている仲だから戦うのは気が引けた。
ハルタの戦い方はおおよそ予測できた。それは彼にも言えることで自分の手の内もほとんど分かりきられていた。
ハルタが杖を構える。予想通り彼は魔法を詠唱するに違いない。だがしかし、何を考えているのか彼はなぜか杖を捨てた。
「どうしたハルタ! これは試験なんだぞ。俺への慈悲なんていらない。杖を持っていつも通り魔法を打って……」
ハルタは杖なしで魔法を唱え始める。
「『精霊フルニラの異能は幻出し異能は我が下に、汝の審判我が手に雷帝の矢となり穿ち抜けバレーノ』」
ハルタは俺の知らない間に杖なしでの詠唱に成功していたのだ。詠唱された魔法は以前ウルドが使っていた魔法と似ているから雷属性魔法に違いないだろう。
辺りが暗闇に包まれハルタの周りに複数の電撃が纏い始める。数の多さに俺は驚いたが冷静に防御の体制をとった。
「『ルクスの異能は幻出し異能は我が下に、我が身を守りたまえプロテグレ』」
俺は守護魔法を詠唱し、防御シールドを展開する。
ハルタから無数の電撃が光の速さで飛んでくる。彼の攻撃には終わりが見えなかった。
観客席からは杖なしでの詠唱に生徒たちが驚きのあまり驚嘆の声を上げる。
ピキッ ピキッ
シールドを見るとひびが入り始めていた。透明なシールドの先が見えない程の数の電撃が刺さって今にも破壊されそうだった。俺の魔力量ではこのままでは不利になる一方だった。この状況から抜け出すために思考を張り巡らせた。
俺はハルタの攻撃が弱まった一瞬の隙を見計らって杖を捨てて抜刀した。そして相手を倒すという強い意志を心の中で思う。すると体全体が風の加護を纏い始める。
空間を切り刻みハルタに風の斬撃を与える。しかし素早い反応でハルタは避けていく。
「ハルタ、いつの間に杖なしで詠唱ができるようになっていたんだ?」
「はぁ、はぁ。この日のために秘密にしてたんだ。相手に見せて驚かせようと思っていたんだけど、その相手がタツキとはね」
ハルタは俺の放った斬撃を避けることに必死で息を切らしていた。
「タツキこそいつのまにか加護を体全体に纏えるようになっているじゃないか。もしかして飛べたりもするのか?」
ハルタが杖なしでの詠唱を隠していたように自分も加護を全身に纏わせている姿を誰かに見せるのは初めてだ。いつの日かの任務を一人で行なっている時に現出した。
「俺もハルタと同じようにこの日のために秘密にしていたんだ。飛べるかはこれからのお楽しみだ。さあどうかな」
「俺もう一つ隠していることがまだあるんだけど何かわかる?」
「なんだ?」
「実は無詠唱で魔法を繰り出せる」
「本当か!?」
入学の頃にテレシア先生から教わったが、無詠唱は余程の熟練者でないとできない筈だ。ハルタはもうその域に達しているということなのか。
「さあ、俺の手の内は全て明かした。タツキも教えてくれないか」
仕方なく全ての力をハルタに明かすことにした。俺は纏わせた風を操りその風を地面に向けた。すると次第に体が持ち上がる。そして地面から足が離れる。
そう俺は風の加護による浮遊を可能とさせていたのだ。
さらに試験会場からの注目が集まり、驚嘆の声が絶え間なく発せられる。
「すげ! タツキめっちゃすごい」
ハルタが目を輝かせながらこちらを見上げている。
「さあ先程の反撃開始と行こうか」
宙に浮きながらハルタを目掛けて剣を振る。ハルタもそれに負けんとばかりに魔法を繰り出す。
均衡を保ったまま数分間ほど戦っただろうか。俺たちはその場に座り込んだ。体は互いに傷だらけで身も心も消耗していた。
「はぁ、はぁ、はぁ。そろそろ決着をつけるか」
「そうだなタツキ。俺の中に残っている魔力量はあと一回魔法が打てるか打てないかって言うところだ。ゴホッ、ゴホッ」
俺は残った体力を振り絞って立ち、剣を一度鞘に収めて構えた。一方のハルタは両手を胸の前に出して構えてわざと声に出して詠唱を始めた。彼の手には炎の加護が纏い出した。
「『大精霊イフリートの異能は幻出し異能は我が下に、実りし灯火は汝に灼熱の災いをもたらす、ティフォーナ』」
ハルタの手から炎が噴出し、それが徐々にそれが塊を成す。炎はドラゴンの形になって俺に向かってくる。少し離れた自分の場所まで灼熱の炎の熱さがひしひしと伝わってきた。
俺は目を閉じて2本の剣の柄に手をかけた。そして、向かってくる炎を睨みつけ、断ち切るために今までの中で一番鋭さのある一太刀を浴びせた。
「切れやがれぇぇぇぇぇぇえ゛え゛」
「全部焼き尽くせぇぇぇぇぇぇぇえ゛え゛」
とてつもない威力のあまりフィールドの地面がえぐられ始める。そして戦闘場には二人の魔法と斬撃によって生まれた熱風が吹き渡る。
大きな爆発があり黒煙によって目の前の視界が遮られた。ハルタの姿が見えなくなる。黒煙の中から炎は迫ってこなかった。
煙が晴れるとハルタも同じように立っていた。
「タツキ、やっぱりお前には敵わないや。タツキの勝ちだよ」
ハルタは体のいたるところから血を流しながらも俺にグッジョブサインを出して会心の笑顔をこちらに見せた。
そしてそれを最後に彼は力尽きてその場に倒れ込んだ。
ワァーー ワァーー ワァーー
緊張を解いて耳を周囲に傾けると場内には歓声と嵐のような拍手が鳴り響いていた。
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