騎士団副団長イヴェル

 騎士団集会所は中世の城のような外観をしていた。外から眺めている間に何度も騎士団のメンバーと見られる人が出入りしていた。門衛に手紙の旨を話すと、俺たちは副団長室へと通された。副団長室へ入るとこちらに背を向けて椅子に座っている人がいた。副団長だろう。


「失礼します。只今タツキ様とハルタ様をお連れしました」


「ありがとう。君はもう席を外してくれたまえ」


「了解しました」


 ここまで案内をしてくれた騎士団の人が部屋を出て行った。副団長はまだこちらを向かない。


「二人とも今日は私の急な頼み事を聞いてくれてありがとう」


「いえ、ちょうど今日まで学校が休みだったので」


「そうか、それはよかった。そろそろ話を始めようか」


 椅子が回転して副団長の姿が現れた。彼はエルフだった。今までに出会ったことのないような美貌の持ち主だった。でもよく考えてみればどこかで会ったことがあるような気がしなくもなかった。


「以前俺たちとどこかで会ったことはありませんか?」


「私も会ったことがあるような気がするのだが、思い出せないな」


「……。あ、そうだ以前銭湯で俺たちと会ったことがありますよね。ほら、モンスターが異常に発生しているのでどうたらこうたらみたいな。でもあの時は冒険者って言っていたような気がするけど」


 ハルタが言った。


「あの時か。あの時は自分の身を公に晒したくなかったから偽りの身分を言っていたんだ。すまないね。もう既に会っていたなんて、この世界も小さいものだ。立っていないでそこのソファに腰を掛けてくれ」


 彼の机の前に置かれたソファに彼と向かい合う形で座った。


「自己紹介が遅れてしまったね。私は央都ユグドラシル騎士団副団長のイヴェルだ。これからよろしく頼むよ」


「俺はタツキで隣にいるのがハルタです。こちらこそよろしくお願いします」


 イヴェルが頷いた。


「今回呼び出させてもらったのは手紙にも書いたようにサザンカ村のディアブロ襲撃の件について聞きたかったからだ。村人達からの報告でなんとなく概要は把握しているのだが実際に戦った者たちからの話も聞きたくてね。君たちが知っている奴らのことと戦ってみてどうだったか聞かせてくれ」


「はい。俺たちが知っているのはディアブロという集団が村を突然襲ったということだけで詳しいことは知りません。俺たち二人が戦ったのは通常の戦闘員と幹部と呼ばれるディアブロの中核を担う頭から角が生えた人物でした」


「君たちは幹部と戦ったのか。で、その幹部はどんな奴だった?」


「奴は自分のことをトローニと名乗っていました。身長が低く白い髪でまだ子供のような喋り方でした。彼は俺たち二人と村のノルデンさんが全力を出して戦っても容易に攻撃を交わしてまだ余力を残していました。おそらく幹部という位に位置している人たちは相当強いです」


「ノルデン……。まだ生きていたか」


「知っているんですか?」


「もちろんさ。あ・の・事件の真相を調べたのも騎士団だからね」


 あの事件というのはノルデンが龍の牙の他全員を特殊任務で見捨てた疑惑がかかった事件の事だろう。


「私たちもその幹部を排除すべくさまざまな方法で奴らを見つけ出そうとしているが全く尻尾を掴めないんだ。貴重な情報をありがとう。あと、君たちが加護を大精霊様から与えられているということは本当かい?」


「はい、俺たちは加護を付与されています」


「そうか。ここにきてなんだか押しつけがましいかもしれないが、我ら騎士団に入団してくれないか? 君たちのような加護持ちは我々にとって大きな戦力となる。そしてその力を活かせる場所こそ騎士団だと思うのだがどうだい?」


 唐突な質問でどういう返答をしていいか分からず俺は固まってしまった。


「別に今日今ここで決めろと言っているわけじゃない。もし気があるのなら後日でもいいから教えてくれると助かる」


「まだ自分達は学校に通っている身なので卒業時にでもその答えを伝えにきます。このことは前向きに検討させてもらいます」


「そう言ってくれて嬉しいよ。そうだ、今回君達の活躍を表彰して君達にこれを授ける」


 彼は机の引き出しから何やら茶色い紐のようなものを取り出して俺たちに渡してきた。


「ベルト?」


「そのベルトは実際に騎士団メンバーが使っているものだ。そのベルトにバッジがついているだろう。今回渡したいものはそのバッジだ。騎士団の者が見れば誰でもわかるような表彰バッジだ。ベルトはおまけとでも考えてくれ」


「ありがとうございます」


 ハルタは嬉しそうに今までしていた中古のベルトを外して、もらったものに付け替えた。俺も続けて付け替えた。


「うん。似合っているじゃないか? 今日はわざわざ足を運んでくれてありがとう。もしこれから何か私たちを必要とすることがあればいつでも頼ってくれ」


「はい。こちらこそこんな良いものをいただけて嬉しいです。ありがとうございました」


 イヴェルの部屋を出て騎士団集会所の廊下を歩いているとカナリアがうつむきながら反対側から歩いてきた。


「カナリアじゃないか。どうしてここにいるの?」


 俺が声をかけようとするとハルタが先に声をかけた。


「ふ、二人とも久しぶり。二人こそなんでここに?」


 カナリアは驚いた様子でこちらを見た。


「俺たちは副団長のイヴェルさんに用があってきたんだ」


「兄さんに用?」


「兄さん!?」


 イヴェルさんがカナリアの兄だったとは驚きだ。でも言われてみればなんとなく似ている気がしなくもない。俺たちはカナリアに連れられて騎士団集会所の会議室に案内された。カナリアは騎士団集会所をよく知っていた。会議室ではここまで至った経緯を話した。


「そうだったんだ。ディアブロと戦ったなんてすごい!」


「それでなんでカナリアはここにいるんだ?」


 ハルタが先ほどから知りたそうにしている。


「話すと長くなるけどいいの?」


「もちろん」


「まず初めに言うね。実は私、ユグドラシア大陸北部にある王国の王女なの」


「王女!?」


 先ほどから驚いてばっかりだ。これで今までカナリアが大量にトナスを持っていたことに合点がいった。制限が厳しいのも王女であるからなのかもしれない。


「私には兄が二人いて、一人は副団長をやっているイヴェルでもう一人は今国で王子として生きている兄。私は王女として縮こまった生活が嫌でこのユグドラシルに来て学校に通っているの。その間居場所がない私をイヴェルが面倒を見てくれているの」


 カナリアが毎回騎士団集会所に向かうのはここを住まいにしているからだと分かって納得した。


「いろいろ隠していてごめんなさい」


「全然大丈夫だ。俺だってもしその立場だったら身分を隠したくなる」


「そういえば、カナリアはこの休みの期間国に帰ったんだよね? どうだった?」


 ハルタが聞いた。


「うん……。このままユグドラシルに残りたいって父に言ったら、怒られた。私は王女としての身分を全く分かっていないって」


「子供の意見を尊重しないのは良くないな。いっそこの俺が説得しに行きたいぐらいだよ」


「でも兄の助言もあって卒業まではいられることになったから、あと半年は二人と一緒にここで過ごせるよ」


「半年経ったらカナリアはどうするんだ?」


「私は国に帰らなければならないと思う。本当は今までみたいに冒険者として活動したいけど」


「よし、卒業したら絶対カナリアの国に行って説得する」


 ハルタはやけにやる気があった。


「本当に? ありがとう。約束だよ」


 二人は俺の前で指切りをした。


「ほらタツキも」


 言われるがままに約束を交わしてしまった。これからどんなことが待ち受けているのかを考えずに。



 それから半年という月日が流れた。半年という時間は長いようで嵐のように過ぎていった。半年の間に第四班の俺を含めた四人はそれぞれの選択した授業で更なる高みを目指して切磋琢磨した。また、シーナが宿に来てからの半年はそれまでよりも毎日が楽しく感じられた。


 そしてついに学校での最後の日である卒業試験の日を迎えた。


「それじゃ、行ってきます」


「タツキもハルタも試験がんばって!」


「俺も応援してるぜ!」


 シーナとガリウドが元気よく学校へ送り出してくれた。一年前の入学式のような煌々とした太陽の光が俺たちを導くように照らした。

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